【テニス】過酷なワールドツアーを戦いトップ10入りしたマリア・サッカリの真価

 

【テニス】過酷なワールドツアーを戦いトップ10入りしたマリア・サッカリの真価
キャリア初のトップ10入りを果たしたマリア・サッカリ(C)ロイター

全米オープンの覇者エマ・ラドゥカヌ(英)が描いたシンデレラストーリーは、強烈な勢いからカリスマ性を放つがゆえ、万人の印象に残りやすい。これまでにもシュテフィ・グラフ(独)やセリーナ・ウィリアムズ(米)、マリア・シャラポワ(露)が至高のキャリアの礎を若き10代のうちから築き、女王の座に君臨して来た。すなわち、成長のスピード感こそスター街道への鍵でもある。

しかし、その一方で長い時間をかけつつも着実にキャリアアップする選手もいる。私はこの「輝き」こそ見落としてはいけないと感じている。

今季、全仏と全米で準決勝進出を果たした26歳のマリア・サッカリ(ギリシャ)は、9月27日付の最新ランキングでキャリア初のトップ10に足を踏み入れた。彼女がツアーデビューしたのは14歳の時。世界への登竜門と呼ばれるITFツアー下部大会である1万ドル大会を皮切りに約11年の歳月をかけ、この領域に辿り着いた。彼女は「20歳ではなく、26歳でトップ10に入ることがどれほど大きいことなのか、人々は気付いない」と話している。

ラドゥカヌをはじめイガ・シフィオンテク(ポーランド)など若き新鋭たちがキャリアの早い段階で四大大会制覇という偉業を手にする中、サッカリは同じ年齢の頃、ITFツアー(総額賞金1万ドル~10万ドル)での下積み生活を送っていた。スター街道を走るメンバーとは違い、キャリア前半でこのレベルを突破することの難しさを体験して来た。

マリア・サッカリ

1995年7月25日、ギリシャ・アテネ出身。身長172cm、体重62kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。2019年5月ラバト大会決勝でジョアンナ・コンタ(豪)を 破りWTAツアー初優勝。自己最高ランキングはシングルス10位(2021年9月27日付)

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■下部ツアーでの過酷なサバイバル

トップ100、いやトップ200に入るような選手は、年齢に関係なくデビューしてから数大会のうちに下部大会(1万ドル~2万5000ドル大会)で優勝、弾みをつけて行く。しかしサッカリの場合は、約4年をかけ69大会目にしてようやく1万ドル大会の優勝に手が届く。その後、出場する大会のグレードを上げながら勝利数を増やしていくが、飛びぬけた結果は出せずWTAツアー(総額賞金12万5000ドル以上の大会)の予選に引っかかってもライバルたちを驚かすような活躍は見せられなかった。よってランキングの上がり方も緩やかで、スター街道へと突き進むには、本人の手ごたえも物足りなかったように思う。

下部大会と言っても、出てくる選手のレベルはランキングだけでは測れないことが多い。1万ドル~1万5000ドル大会ではランキングを獲得できていない選手でも、トップジュニアからの移行期間の勢いのある若手や、資金がなく遠征が出来ないだけで力を蓄えているダークホースが世界各国に存在している。2万5000ドル大会では200位~300位選手が中心になるが、稀に100位前後の選手がランキング維持の為に優勝ポイントを稼ぎに来ることがあるため、この戦いに見合う実力がなければ簡単に蹴散らされることになる。

元トップ100だった選手がケガなど何らかの理由でランキングを落とし、再起のきっかけに出場することもあり、四大大会予選を安心して出場できる200位内に位置をキープするために顔色を変えて戦う選手も多いのだ。5万ドル~10万ドル大会になれば、四大大会から外れた時期になると70位以下の実力者たちがランキング維持の保険大会としてシード勢に名を連ねることから、トーナメントで1勝することにタフさが増していく。

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まずはこの中でケガをせずに勝ち続けることが必須条件となるのだが……勝ちだしたら勝ちだしたで試合数が極端に増え、かえってケガに繋がることもよくある話だ。選手からすると目標大会までの必要なポイント獲得への欲望と、連勝の勢いからくる疲労度のバランスを見極めることが一番難しいポイントかもしれない。

試合以外の要素で言えば練習環境と遠征費を長期維持できるかに懸かっている。遠征が長引けば海外でのサポート環境やチームを整えるにも莫大な資金がかかるため、競技以外の部分で手腕が試されるものだ。

だがサッカリは、この11年間でケガでの大きな離脱も見られないことから、体が強いだけでなく、疲労と回復のバランスを計る能力も優れていたと言えるだろう。また競技以外の部分でも、必要なサポートが継続されるだけの力を持っていたことだろう。

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■サッカリとの対戦の記憶

実はサッカリのキャリア序盤に、私自身も一戦を交えている。まだ彼女が初タイトルを獲得する前のことだ。対戦はトルコ、ブルサで開催された1万ドル大会の2回戦。今では隆々しい筋肉に包まれる戦士のようだが、当時17歳だったサッカリはまだ体がひとまわり細かった。それでも現在、攻撃の要となっているヘビースピンのフォアーハンドや、コートを四方八方に走り回れるフィジカルの強さは当時から健在。得意なサーフェスはハードと答えているが、クレーコートでも上手に滑りながらショットバリエーションある試合を展開する器用さもあった。

驚かされたのはジュニアの年齢でありながらも、精神的なあどけなさを感じられなかったこと。その理由はジュニア大会を15歳で見切り、高みを目指す大人たちに紛れて約2年という期間をツアーに捧げてきた「プロとしての覚悟」が大きく関係していたことだろう。勝利への渇望を打ち込むボールへ乗せてくる感触は、対戦相手として戦っていても気持ちいいほどだった。

対戦当時の私は25歳、この下部大会から抜け出さなければこの先の道はないと崖っぷちの想いを忍ばせて戦っていたように思う。そんな自身の経験がまだ勝る時だったからか…彼女の隙を見つけファイナルの末に勝つことはできたが、これから伸びてくるであろうギリシャの有望株に眉をひそめる出会いだった。

その後、サッカリがITFツアーを抜け出し頭角を現し始めたのは20歳になる年だ。ここまでに6年近くを要している。四大大会の予選を突破し、本戦で幾度かの勝利を手にしながらWTAツアーでの定着を見出した。傍から見ると順調な成長過程に見えるが、世界の頂を見ていたサッカリ本人からすれば遅いくらいの成果だったのかもしれない。

先述したとおり、スター街道を進む者はITFツアーのレベルを一気にスキップするパフォーマンスを発揮する。しかし、大方の選手がサッカリと同じような苦労を経てWTAツアーに移行していくため、彼女がスター街道とは呼べない地道な歩みによりトップ10入りの一例を見せたことは、多くの選手に勇気を与えたはずだ。

私自身もキャリアの大半をITFツアーの下積みで生きていただけに、このツアー下部での定着こそ選手の心を削いでいくものは他にないと知っている。だからこそ、このレベルを抜け出し、一歩一歩と確実に頂に近づくサッカリの歩みには感心と尊敬の想いが込み上げて来る。

ツアー生活の流れに飲み込まれずに前進し続けることはやはり容易ではない。しかし2013年からは8年連続でキャリアハイを更新するサッカリを見ていると、並大抵ではない推進力を持っていることから、じきに頂点まで届いてしまうんじゃないかと思わせてくれる。彼女と戦ったあの臨場感も遠い過去とはなったが、私もサッカリが四大大会の最終日に笑う日を心待ちにしている

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。