【スポーツビジネスを読む】バスケ版「チャンピオンズリーグ」の仕掛け人 東アジアスーパーリーグ、マット・ベイヤーCEO 後編 「アジアの世紀」が世界の勢力図を変える

「スーパー8」では千葉ジェッツが初代王者、富樫勇樹がMVPに (C)EASL

バスケットボールの「チャンピオンズリーグ」開催に向け、2017年に実施された「The Super 8」では千葉ジェッツが初代王者に輝き、最初のステップは順風満帆に見えたものの、ここで難関が待ち受けていた。国際バスケットボール連盟FIBA)の存在だ。

アメリカのスポーツと国際連盟は常にいがみ合う状況にある。もはや「伝統」と呼ぶほどのレベルだ。MLB世界野球ソフトボール連盟WBSC)、NBAとFIBA、そのどちらもが自身たちこそが国際的に権威を持つ競技団体だと主張して譲らない。例えば、野球の世界大会は、ワールド・ベースボール・クラシックプレミア12に分かれているのはご存知の通り。前者はMLB主導の大会、後者はWBSC主催大会となっている。よってNBAからバスケットボール・ビジネスに身を投じてきたベイヤーさんにとって、実はFIBAとの関係性は皆無に近かったのだ。

成功裏に終わった「The Super 8」ではあるものの、実は開催前からFIBAとの関係に暗雲が垂れ込めていた。FIBAは「アジアチャンピオンズカップ」というクラブ対抗大会を主催しており、Bリーグ・チームが参加したのは2018年になってからながら、すでに28回の開催を誇る。よってFIBAはベイヤーさんたちの企画には最初から非常にネガティブだった。

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■「FIBAの敵」から「FIBAの協力会社」へ

「イベントの1カ月半前になって『中止すべき』と勧告されました。『FIBAだけがこうした国際的イベントを開催する権利を持っている』と主張されたのです。そこでまず、本当にすべての国のバスケットボール協会にイベントの趣旨を説明すべく手紙を送りました。また、スイスにおいて『世界最高』と評されるスポーツビジネスの弁護士と契約しました。するとこの彼は3週間程度の間に、私たちを『FIBAの敵』から『FIBAの協力会社』と変身させてくれたのです」とベイヤーさんは当時の嵐のような出来事を振り返った。この甲斐があり、イベントは開催されるに至ったが、そこからがまた試練だった。

「共同創業者のヘンリー(・ケインズCFO)と一緒にスイスに飛んでFIBAと交渉を始めました。2017年9月から2020年8月までに15回以上足を運んだかな。FIBAアジアの本社があるレバノンのベイルートにも飛びました。本当に何回も議論を重ねました」。ベイヤーさんの口調は実に淡々としており、その長い労苦はまったく誇張されないものの、少しでもスポーツビジネスをかじった経験がある者として、その気が遠くなる過程は容易に想像できるところだ。

「The Super 8」が単独イベントとして認められたものの、ベイヤーさんたちの構想はそんなひとつのイベントに終わるものではない。「FIBA自体がこのイベントをやりたがっていると理解していたことが私たちにとって大きかった。イベントは17年を皮切りに18年も開催にこぎつけました。この苦労が実って2019年の大会はFIBAも共催という形で身を結んだのです。18年末から19年初め頃、やっとFIBAのライセンスがとれそうだという感触を得ました。2020年中頃には、かなりいい兆候が見て取れたものの、細部を詰めていくのは大変でしたし、まだまだ契約書のやり取りはタフで、本当に苦労しました。これが実って、FIBAから10年の公式ライセンスを手に入れました」とさすがにその労苦を吐露してくれた。

2019年のテレフィック12 (C)EASL

2020年8月、ホームアンドアウェー方式のリーグ開催権がFIBAから承認された。この承認を持ってBリーグを始めとする各国リーグとの契約交渉も本格化。5年もしくは10年と契約期間の長短はあるものの、そちらも無事調印までこぎつけた。これには「各国リーグとの交渉もチャレンジングでした。どの交渉もすべて簡単ではありませんでした。どれも骨が折れたので、難易度の違いはあれど、FIBAが一番タフだったとは言えません。もちろん、こうした(交渉の)旅路はどれもとてもタフだったけれども、また同時にとても学びにもなりました」と付け加えた。苦労話をただ吐露するのではなく、自身にとって学びが大きかったと前向きに考える点は、大きなビジョンを具現化する上で非常に重要な素養なのかもしれない。

「着想時点から、イベントについてみんながどう捉え、どう考えるかシミュレーションを重ねてきました。選手はどう捉えるだろう…、監督はどう捉えるだろう…、チームは…、リーグは…、FIBAは……この問答を繰り返すことで全体のプランがよりクリアになりました。こうした大きなイベントを具現化するには、その全体のピクチャーがとても大事でした」と、その学びの過程を披露してくれた。

■Bリーグは頼りになる最良のパートナー

EASLとBリーグは1日、同リーグ実施に向け正式に提携を発表した。交渉の一例として実際にBリーグとはどんな会話を繰り広げたのだろう。

ベイヤーさんは「人々はよく、日本人はリスクを恐れると評価しますが、Bリーグはずっと強い味方でした。日本はそもそも(プロが2リーグに分裂しているという)FIBAとの問題を抱えていましたし、JBA日本バスケットボール協会)は東京五輪のホストとしてもFIBAの顔色をうかがっていましたが、Bリーグは常にリーグそのもの発展を考えていました。実際に17年、18年と試合に参加してもらえることで、より(私たちのイベントの)魅力が伝わったように感じます。具体的には、Bリーグでは3台程度のカメラで中継映像を製作していますが、私たちは12台以上手配しています。こうした試合のプレゼンテーションの仕方にも感心してもらえました。日本人はイベント開催についても組織的で万全の準備をすることで知られていますが、本イベントではホテルや食事の手配も完璧で、私たちをプロとして認識してくれたと思っています。もっともフィリピン人はなんでも直前にあわてて準備をするので、異なる文化においてイベントを均一化するのは大変でしたけどね(笑)」と、この点だけは心が晴れるような明るい笑みで応えた。何かよほど日本とフィリピンの違いを感じたエピソードでもあったのだろう。

「Bリーグは本当にいつも頼りになるパートナーであり続けてくれました」とパートナーとして最大限のリスペクトを持って日本のプロリーグに接している姿勢が感じられた。

琉球ゴールデンキングスのベンチにて (C)EASL

中国において「アジアのナンバー1は、中国のバスケ」という見方が根付いていたそうだが、それがこの5年程度で明らかにその価値観に揺るぎが生じているのだという。「The Super 8」で千葉ジェッツが優勝し、「The Terrific 12テリフィック12)」で琉球ゴールデンキングスが優勝した事実からも、中国にBリーグの隆盛が伝わっていると感じているそうだ。特に東京五輪では女子日本代表が銀メダルを獲得した事実に、中国は強い関心を寄せているのだとか。


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