性格もイケメンな“球界一のイケメン”浅尾拓也、引退発表にファンは「まだ早い」と悲鳴

26日、中日ドラゴンズは浅尾拓也投手が今季限りで引退すると発表した。浅尾選手は落合博満政権で中継ぎの柱として活躍し、2011年にはセ・リーグMVPも獲得したが、近年は右肩の故障に悩まされてきた。

勝負の年と位置づけて臨んだ今季も一軍での登板は9試合。かつての輝きを取り戻すことはできなかった。

浅尾投手は26日に会見を開き、引退を決意したタイミングについて「最後の巨人戦(9月16日)で3点取られた時に『あ、もうこれくらいなのかな』と自分の中で思いました」とコメント。

監督からは来季に向けて頑張れと声をかけられたが、本人の決意は固いようだ。

強かった中日の象徴とも言うべき選手の引退に、ファンからは「まだ早い」など驚きの声が寄せられている。

無名校からプロ入り、球界を代表するセットアッパーに

浅尾投手は愛知県の常滑高校から日本福祉大学を経て、2006年の大学生・社会人ドラフト3位で中日に入団した。高校に入学するまでは捕手だったが、チームの投手不足により2年秋からピッチャーに転向している。

高校、大学とも野球の強豪校とは言いがたく、当時の日本福祉大は愛知大学リーグの2部と3部を行き来する学校だった。しかし、浅尾投手は大学で力をつけ150キロ超の豪腕としてスカウトの注目を集めるようになる。

2010年にはシーズン47ホールドの日本記録を樹立し、翌年も45ホールドをマーク。リードした試合の8回を抑えるセットアッパーだけではなく、ロングリリーフや抑えも兼任し、あらゆる場面で相手を抑える快投が目立った。

中日がリーグ優勝した2011年には最優秀中継ぎ投手賞とMVPを獲得。球界を代表するセットアッパーと評価される。

だが2010年に72試合、2011年に79試合を投げた反動か、2012年は速球のスピードが大幅に落ちる。その後は肩の故障に悩まされ最速157キロの剛速球が戻ることはなかった。

球界一のイケメンは性格もイケメン


浅尾選手は、整った顔立ちで球界を代表するイケメン選手としても話題を呼んだ。比較的ベテランが多い中日では、若く顔立ちが整っていて、実力も一流という浅尾選手は目立つ存在だった。

引退発表にもファンの間では、「球界一のイケメンがユニフォームを脱ぐ」と衝撃が広がっている。

そんな浅尾投手だが、野球を続けるモチベーションについて2012年に、母校の日本福祉大のキャンパスガイド上で語ったことがある。

浅尾投手は、入団1年目から毎年オフに行っている児童養護施設への訪問を振り返り「はじめての時は、僕が行って子どもたちは本当に喜んでくれるのかな、不安があった」と語る。

実際に施設を訪問すると、大歓迎を受けたそうだ。

「子どもたちとは普通に遊ぶだけで、特別なことは何もしていないのに、僕が行くだけで喜んでくれるんです。そんな経験を重ねて、人に喜びを与えられる自分の存在を改めて認識するように。人としても野球人としても、しっかりした人間にならなくては、と思うようになりました」

日本福祉大学 公式サイトより

「野球で活躍することで喜んでくれる人がいる、だから自分は頑張れるし、お返しに子供たちから元気や生きがいをもらっています」と語る浅尾投手。

外見だけではなく性格までイケメンだった。

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