小谷野栄一に野球を続けさせた福良監督の言葉 パニック障害と闘い続けた野球人生

オリックス・バファローズの小谷野栄一選手が9月27日、今季限りでの引退を表明し会見を開いた。

2014年オフに日本ハムからFAでオリックスに移籍し、勝負強い打撃と堅実な内野守備で貢献してきたが、今季は右ヒジやヒザの痛みを訴えて出場69試合にとどまっていた。

会見で平野選手は「オリックスに移籍してから怪我が多かったですし、その中でも4年間やらせていただき、去年やっと少し野球をやれたかな、というぐらいでしたね」とケガに泣かされた近年を振り返った。

今季38歳になるベテランは「いままでだったらできていたことなのに、できなくなってきたことが多くなった」と肉体的な変化を自覚し、引退のタイミングについて「いい時期にいい決断ができたんじゃないかなと思います」と語った。

 

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勝負強い打撃は敵にすると厄介、味方になると頼もしい存在

2002年のドラフトで日本ハムから5位指名を受け入団した小谷野選手は、1年目から2軍で活躍してシーズン終盤には1軍昇格を果たす。

勝負強い打撃が持ち味で、特に2010年はランナーを二塁や三塁に置いたときの得点圏打率で.350のハイアベレージを記録し、自身初の打点王も獲得した。

守備では複数のポジションを守れるユーティリティプレイヤーとして活躍し、三塁手で3度のゴールデングラブ賞受賞がある。

勝負強い打撃に日本ハム時代は対戦相手として苦しめられ、味方になってからは何度も救われたオリックス。

ファンからも小谷野選手のクラッチヒッターぶりを称えるコメントが多く寄せられている。

パニック障害で苦しんだ小谷野、野球を続けさせた福良監督の言葉

小谷野選手のプロ野球人生は病魔と闘い続けた歴史でもある。

2006年にパニック障害を発症し、一時期は打席に立てなくなるほど重症化した。現在も完治はしておらず、打席では吐き気に襲われ、嘔吐しながら試合出場を続けてきた。

パニック障害を患いながらも打席に立ち続ける姿は、同じ病気で苦しむ人々に勇気を与え、その闘病記は2016年に日テレ系『ザ!世界仰天ニュース』でも取り上げられた。

こうしてパニック障害と闘う決心をした時、当時ファイターズの2軍を率いていた現オリックス監督の福良淳一がこう言った。

「調子が悪けりゃタイムかけたっていいし、イケるまで何分かけたっていい。なんなら何回でも吐きゃいいじゃねえか」

この言葉を受けた小谷野は、自分は今シーズン限りでクビだろう…それなら思いっきりやってやろう!と開き直れた。

仲間の存在が心強かった。それに吐いたっていい…このチームでよかった。心からそう思った。

『ザ!世界仰天ニュース』公式サイトより (2018年9月28日アクセス)

今回の引退会見でも、小谷野選手は家族と共に福良淳一監督へ感謝の言葉を口にした。

「福良監督には、今日もゆっくり話をしましたが、自身が一番たいへんだった時に一番近くで見守ってくださって支えてくださって、本当に感謝しています。監督と出会っていなければ、こんなに長く野球をやっていなかったんじゃないかと思いますね」

それだけに「優勝して監督を胴上げできなかったことが悔しくて情けないです」と心残りもある。

引退後に何をやるかは決まっていないが、「福良監督という人間的に尊敬できる存在が近くに居たので、それを目指してやっていきたい」と、今後は恩師を人生の目標にしていく。

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