大迫傑はなぜ強くなれたのか?……自分ではコントロールできない不確定要素の捉え方

 

大迫傑はなぜ強くなれたのか?……自分ではコントロールできない不確定要素の捉え方

10月7日に行なわれたシカゴマラソンで、大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が2時間5分50秒の日本記録を樹立。日本人初の2時間5分台だった。

自分ではコントロールできない部分を考えすぎない

帰国後、都内で複数記者のインタビューに応じた大迫選手は、「割と冷静なレースで、本当に練習でやってきた成果が出た感じ」と振り返った。

「雨上がりで、基本的には走りやすかったし、風も前半はなかった。最後は風がキツかったですが、全体的にはいいコンディションだった」とレース当日の環境についても明かしてはいたが、大迫選手は、自然天候など、自力で調整できないこと相手に意識をとられることを極力避けている。

「気候は読みにくいところがある。暑さ、寒さ対策はしていましたが、気候やレースプランなど、自分ではコントロールできない部分を考えて一喜一憂するというよりかは、レース日にばっちり自分の体調を合わせる方を意識しています

それは、レースプランにおいても大迫選手の中では同様だ。「(事前にレースプランを)決めるより、流れに沿ってどのくらい勝負できるかが重要」と語っている。

マラソンは、様々な選手の思惑が渦巻く中で、まるで生き物のようにレース展開は変化し続ける。事前に読み切ることは不可能だ。今回のシカゴマラソンも、天候不順や、ペースメーカーの動き自体が不安定で、ペースの上下が激しかった。

大迫選手のラップを見てみるとその荒れ方がよくわかる。最初の5kmが14分53秒、次が15分19秒。10km~20kmは14分55秒、14分44秒と落ち着きはじめたが、20kmから25kmは15分28秒というスローペースに。

「ラップタイムは見ていなかった。集団の中で走っていましたし、前にタイム表示板があったので。カラダ的にキツくなったり、ラクになったりの繰り返しでしたが、そういうことは練習でもよくあることなので、違和感はなく(練習通りに)対応できました」

ハーフ地点までで、記録は1時間3分04秒。この記録を単縦に2倍しても、2時間6分08秒で大迫選手が叩き出した2時間5分50秒には及ばない。

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大迫選手は、「いま振り返ると、(前半スローペースだったことで)後半に“脚”を残すことができて、かえってよかったのかもしれません」と振り返っている。

ところが、25kmより先で、ペースが急に上がり、レースが動きはじめた。35kmを過ぎ、先頭集団が絞られた。「あと1マイル頑張ろう、それから考えよう、あと1マイル頑張ろう、それから考えよう」と、その瞬間瞬間に意識を集中した。

そのままのペースでいけば日本新記録を十分に狙える地点に差し掛かっていたとき、両脇腹を押さえ観戦者をハラハラさせるシーンもあった。

「お腹が痛くなり始めていたので、肋骨を下げるじゃないですけど、少し対処した感じです。それほど鋭い痛みにはならなかったので、なんとか持ちこたえることができました」

最もキツかったのは、モー・ファラー選手がラスト3kmあたりでスパートをかけたタイミングだ。

「時計を見ると2時間ちょうどくらい。そこから、タイムを意識し始めました。ラスト1マイルは向かい風がキツかった。ここで気を緩めてはいけないと、時計を何度も見ながらゴールまで走り切りました」

勝負へのこだわり

今回メディアでも注目されたのが、前半ハーフ(1時間3分04秒)より後半のハーフ(1時間2分46秒)を速いペースで走りきった『ネガティブ・スプリット』(前半のペースを抑え、後半にペースを上げる走り方)という走り方だった。

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しかし、大迫選手の発言を整理してみると、結果的に『ネガティブ・スプリット』になったが、狙ってこの走法をしたわけではないことがわかる。

「(ネガティブ・スプリットに)こだわっているわけではない。前半速くて、後半遅くても良いと思っています。大事なのは、どんな状況であれ勝負に絡めること」

「タイムではなくどこまで勝負できたか。いいメンツの中で競えたこと。誰かに勝った、負かしたとかそういう話ではなく、自分がここまでできた、優勝争いができたということに手応えがあった」

しかしながら、勝負にこだわることで、世界レベルで勝利するために必要だとされる『ネガティブ・スプリット』を意識せずとも結果的に実現させられるレベルに大迫選手が成長していることには着目すべきであろう。

「速さ」と「強さ」

大迫選手の中で、『速さ』と『強さ』は「ニアリーイコール」ではあるものの、厳密に「イコール」ではない。この考え方に、大迫選手の強さの真骨頂を感じ取ることができる。

「速さは記録だけなのかというと、そうではないと思っている。記録という部分は気象条件、ペースメーカー、他の選手の動きなど自分以外の要素、コントロールできないところが影響することが多い。それを考えても労力の無駄遣いだと思っているので、それよりは自分が強くあることに集中したい」

「仮に(シカゴマラソンでも)天候がよかったからどうなのか。それは「たられば」でしかない。僕の中で今の僕の力は『2時間5分50秒』としか捉えていない。次も、一気に4分台を狙うとかではない。冷静に、今の事実しか見ないようにしている」

成長できた要因は

不確定要素を完全に計算しきることは不可能。それよりは、どういった環境でも確実に自分の力を出せるようにしていく。そうした趣旨の発言が、何回もインタビューに登場した。おそらく、猛暑が予想される東京オリンピックの舞台においても、大迫選手は気候に大きく意識をとられることはないのだろう。

こうした考え方を徹底し、言い訳を排除する。自身が成長できた要因を分析する大迫選手の発言に、全てが象徴されていた気がした。

「まずは、焦らないこと。急にステップアップはできない。その時できる100%をやっていく。少しずつ上げていく。それが、秘訣。できるんだ、という強い気持ちを持ち続けることが大事。

「どうしてもネガティブだと、やらない理由を探してしまう。それを排除していくと、どんどんやらなきゃいけないことが明確になったり、無心で物事に取り組めるようになる

不確定要素を意識しすぎることも、おそらく大迫選手の中ではネガティブ思考に近いのだろう。気にしても仕方のないことを思考から「排除」し、目の前の一瞬一瞬に取り組むこと。それが、成長の秘訣。これは、どの分野にも言えることかもしれない。

《執筆、撮影=大日方航》

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