10月7日に行なわれたシカゴマラソンで、大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が2時間5分50秒の日本記録を樹立。日本人初の2時間5分台だった。
大迫選手にとっては2017年のボストン(2時間10分28秒)、福岡国際(2時間7分19秒)に続く3度目のフルマラソン。毎レースで自己ベストを更新し続けてきた。
マラソンの「シンプルさ」と「奥深さ」
帰国後、都内で複数記者のインタビューに応じた大迫選手。改めてこのタイミングで、「マラソン」という競技について口を開いた。1500m、3000m、5000m、10000mなど様々な競技に真剣に取り組んできた経験のある大迫選手だからこそ、比較し、語れることがある。
まず、「意外にシンプルな競技ではある」と指摘した。
「やったか、やってないかがモロに出る競技。それを実感できました」
確かに、大迫選手は毎レース後、「練習でやってきたことの成果が出た」と語っている。今回のシカゴマラソンも、例に漏れず「割と冷静なレースで、本当に練習でやってきた成果が出た感じ」と総括したが、それは、ナイキ・オレゴン・プロジェクトで納得のいく練習を積み重ねられているからこそ、自信を持って言えることなのだろう。
続けて、「スタートするまでの時間の使い方や、プロセスがすごく意味のあるものだと感じました」と「マラソンの奥深さ」についても言及。
レース天候について聞かれた時に大迫選手は「気候やレースプランなど、自分ではコントロールできない部分を考えて一喜一憂するというよりかは、レース日にばっちり自分の体調を合わせる方を意識しています」と答えていたが、ここからも、いかにレース本番にコンディションを合わせることに注力しているかが読み取れる。
大迫選手にとってマラソンとは
また、自身にとってマラソンは、「自分を見つめられる場所、結果にかかわらずプロセスの中で達成感を得られる場所」になっていると明かす。
「(フルマラソンへの)プロセスに入る前や、(練習を)やっている時はやりたくないって思ったりもするが、スタートラインに立つとやって良かったと思える」
以前、米国で話を聞いたときにも大迫選手は「マラソンは、退屈なところもある。それに、どう気持ちの整理をつけるか。自分と向き合う競技でもあるし、自分はそれに向いているところもあると思っている」と発言しているが、そうしたマイナスの感情を、どうコントロールするか。心を整える方法も、トップレベルになればなるほど磨いていく必要があるのだということに気づかされる。
「自分はできるんだ、という強い気持ちを持ち続けることが大事。どうしてもネガティブ思考だと、やらない理由を探してしまう。(やらない理由を)排除していくと、どんどんやらなきゃいけないことが明確になり、無心で物事に取り組めるようになる」
「自分自身の強い気持ちは、誰かから教わるものではない」
大迫選手の特徴はそのメンタルの強さだ。「(マラソンに)向いているところもある」という発言からもわかるように、自身もその強みを自覚している部分はあるだろう。
その精神力は、マラソンをはじめてから磨かれていったわけではなく、どちらかというと先天的なものであるようだ。
「自分自身の強い気持ちは、誰かから教わるものではないと思っています。子どもの頃から持っていたというか」
この気持ちの強さがあったからこそ、ナイキ・オレゴン・プロジェクトでの練習の効率を最大化できているのだ。米国で練習すれば誰もが成長するのか、というと、おそらくそうではない。
その意識は、大迫選手が、記者からの「日本にいたままでは(日本新記録は)出なかったのでしょうか?」という質問に回答した発言からも読み取れる。
「なんとも言えないですね。僕がやって来た道はこれしかなかったので。もしかしたら、ケニアに行ったらもっと強くなったかもしれないし。『何をやったか』より『誰がやったか』の方が大事だと思っています」
「そうでないと、たとえば、『コーチがよくない』とか、『科学的トレーニングをやっているから良い』などと原因を外に考えるようになってしまう。一番大切なのは、自分がどうやりたいのか」
「極端な話、強くなる選手はどこに行っても強くなるし、強くならない選手は強豪国に行っても強くならない。もしかしたら、日本にあのままいても強くなったかもしれない。結局は、どういう気持ちでやるかだと思います」
ナイキ・オレゴン・プロジェクトに参加して、大きく変わったこと
今までのインタビューでも、ナイキ・オレゴン・プロジェクトに参加したことによる変化を詳細には述べてこなかった大迫選手ではあるが、今回ひとつ、大きく変わった具体的なことを教えてくれた。
「ゲーレン(ゲーレン・ラップ選手)やモー(モー・ファラー選手)などが、『具体的にどういう練習をしているから強いのか』を明確にわかる環境にいることができるのは、強みだと思います。それを知らないと、違うところに原因を求めてしまうかもしれないので」
「ある意味、『こんなにすごい練習をしているのか』とショックではあり、それを突きつけられましたが、俺もやらなきゃいけないな、とはっきりする部分がありました」
この発言からも、大迫選手の心の強さを覗くことができる。
大迫選手を2013年から指導しているピート・ジュリアンコーチは「(ナイキ・オレゴン・プロジェクトに参加した)当初は半分くらい練習に頑張ってついていけ、といった感じだった」と大迫選手を評価している。
いまでこそこうした選手と競えるレベルに成長した大迫選手だが、はじめはついていくのもやっとだったのだ。
普通、トップ中のトップ選手が、信じられないような厳しい練習を積み重ねているのをいきなり目の当たりにしたら、『俺もやらなきゃいけないな』と思う前に、心が折れてしまうものではないだろうか。
しかし、ここで心を強く保つことのできる能力があり、そしてトップ選手の練習量、質を詳細に把握できる環境にいたからこそ、ナイキ・オレゴン・プロジェクトでの練習の効果を最大化し、今の地点までたどり着けた。
「まずは、焦らないこと。急にステップアップはできない。その時でできる100%をやっていく。少しずつ上げていく。それが、(成長の)秘訣」
持ち前の気持ちの強さで、大迫選手は目の前のやるべきことを、一つ一つ積み上げ続けている。
《執筆、撮影=大日方航》
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