2022年3月15日、公益社団法人日本プロサッカーリーグ理事を満期退任した佐伯夕利子さんのキャリアを振り返ると、人生の早いステージでサッカー界へのコミットメントを決意していた。
「人生のきっかけって、みんなどこかで感じると思います。それから自己決定して選択して行くと思うんですが、私はそのとき感じていた、不安というか、むしろ恐怖に近い感覚がありました」と、スペインへの渡航とその後の指導者への歩みがそのきっかけだったと吐露する。
2021年に上梓した著書『教えないスキル: ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』で佐伯さんの指導者としての名声は日本でもあまねく知れ渡ったように思われる。日本サッカー界でも話題となっただけに、これについて訊ねた。
■スペインのサッカー指導者は、国の歴史まで指導と教育に取り組む
「(書籍で取り上げたのは)いちクラブで行われた指導法であって、スペイン全体で行われたのではないという点は明確にしておきたいと思います。もちろん(ビジャレアルから)影響を受け(その指導法の)コピペの輪はひろがって来てはいますが…」とのこと。
日本サッカー協会(JFA)でも、まだ指導者ライセンスの整備が進んでいない時代だった。それでも指導者というキャリアにのめりこんでいったのは、楽しいだけだったフットボールを学問として科学的に学ぶことができ、解釈をする機会に「魅力を感じた」から。サッカーの見え方がどんどん変容して行ったそうだ。
「教育現場とスポーツ現場は、比例し、反映されています。先生、監督、師匠がいて、そこで学び手のサイズも30、40人と似ている。そこ共通するのは『指導』と言う要素。そして、教育は、その国の政治的背景に裏付けられています。スペインも今でこそ、西洋文化の先進国みたいに思われますが、つい先日まで独裁政権下にありました」。

選手とコミュニケーションをとる佐伯夕利子さん 写真:本人提供
スペインは王政から第一次世界大戦を経てスペイン内戦となり、フランシスコ・フランコによる独裁体制が長く続いた。フランコの死後、新憲法が制定され立憲民主制に移行したのは1978年のことだ。
「独裁政権下では国民に考えさせない、反対意見が湧いてはいけない、意義を唱えない、余白を与えていけない教育、恐怖政治により規律と罰則の中で子どもたちは育ち、それがそのままスポーツ現場にも反映されて来ました。(指導者向けのレクチャーでは)120人のプロ意識を持った大人が、そうした歴史をいちから勉強し直し、自分たちが学んできた指導者教育にはこうした背景がある……これに2014年に気づくわけです。そこから本質的に噛み砕いて、指導法を徹底的に追求し、変わってきました」と、スペインのサッカー指導者は、国の歴史まで紐解き、指導と教育に取り組んでいるという。
日本の教育、日本のスポーツ指導にも、スペイン同様に国の歴史が反映されていると佐伯さんは指摘する。「日本のスポーツは、軍人さんがお手本。2022年になってもそれが継続されています。しかし、それを意識している日本の指導者はほとんどいません。これに気づくことができるか否かが、日本のスポーツ界の今後を分けると思います」。