日本格闘技史上「世紀の一戦」と呼ばれた那須川天心対武尊は『THE MATCH 2022』として6月19日に行われ、その模様はテレビによる地上波放送がなく「ABEMA」のペイパービュー(PPV)のみで配信され、話題となった。このPPVの券売は50万以上にのぼり、「おそらく」という注釈はありながらも「日本格闘技史上最高の数字」と言われている。なお、後日実施された無料配信での視聴数は、200万以上となった。
このABEMAの仕掛け人、株式会社サイバーエージェントの藤井琢倫執行役員に話を聞くことができた。ABEMAはテレビ朝日とサイバーエージェントが手掛けるインターネット・プロトコルを介した放送局。テレビをより便利にして行くサービスとして2015年4月に株式会社AbemaTVとして設立され、翌年4月11日より本放送がスタートした。
■地上波オンエアなしは「寝耳に水」だった
今回、『THE MATCH 2022』のPPVが話題となったものの、そもそもそれまで同時中継が企画されていたフジテレビでの地上波オンエアが吹き飛んだ事実は世間を騒がせた。関係者間では様々な憶測が流れたが、今もって同局からは明快な説明のない状況ではある。
これについて藤井さんは「これはまさに『寝耳に水』でした。詳しい内容についてはほぼ報道で全容を知るような状況でした。それまでやはり地上波による試合のプロモーションがあるものだと思っていましたので、それは驚きました」と落ち着き払って口を開いた。
あらためてふりかえると試合は6月19日、フジテレビがオンエア中止を発表したのは5月31日。1カ月を切った時点での決定だった。
もちろん驚いてばかりはいられない。藤井さんは「ABEMAとしては、これを機にこの世紀の一戦のため、ぐっとギアを上げた感じでした。地上波がないということは試合までにあらゆる手を尽くして、ひとりでも多くの人に(PPVを)知ってもらう必要がありました。その日のうちに各事業の責任者を集め作戦会議に徹しました。過去に例がないほどいくつも計画を走らせ、ほぼ毎日メンバーと施策を考えました。独占中継になったので、プロモーションも自分たちで責任を持って盛り上げようと。 そして、これがすべて計画どおりに運びました。できるだけ高画質の映像でみていただけるよう対策もしました。おかげで試合直前にもうドタバタはなかったです」と戦略的には、1カ月足らずの間に打って出たすべての準備が功を奏したと明かした。
日本では映像配信を視聴するにお金を払うという文化がこれまでまったく定着して来なかった。アメリカでは1980年代後半にはケーブルテレビが大きくシェアを伸ばし、ワーナーなどのケーブルテレビに契約するだけに実に100を超えるような有料放送を視聴できた。ミュージックビデオのMTVやニュース専門チャンネルのCNNなどはそのうちのひとつだ。そしてESPNなどのスポーツ専門チャンネルでは、ボクシングのビッグマッチなどはPPVが主流となった。日本でも衛星放送ではWOWOW、またスカパーなどのケーブル放送が登場したが、どこの家庭でもそれらが視聴できるかと問えば、それはまちまちだ。またこれまでもインターネットTVはいくつか登場したが、マイクロソフトのWEBTVもMSN TVも撤退した。通信環境の問題も大きかったかもしれない。今や5Gが着地、6Gについて議論される現在とは環境が大きくことなる。しかし、今回のPPVが50万を超える券売を収めた事実は「格闘技はPPV」というメッセージとなったに違いない。