【WBC】6年ぶりワールドベースボールクラシックへの期待と数々の功罪

2009年第2回ワールドベースボールクラシックで2連覇を果たした侍ジャパン (C) Getty Images

WBCが6年ぶりに開催される。

ワールドカップに出場するか否かでサッカー人生が変わるといわれるような「価値観」と同じレベルをワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に見いだすのは不可能に近いというのがこの大会ができたときの私の感想だった。

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■ひとつの国のリーグが主催するいびつさ

 そもそも1934年の日米野球を契機に誕生したプロ野球の「全日本チーム」は、原則隔年開催だった日米野球の中で1シリーズのうち1度あるかないかの編成だった。読売ジャイアンツがホストチームのことが多かったが、ときに南海・巨人連合軍と全日本が編成され、少年時代に私は胸をときめかせたものだった。当初はMLB単独チームの来日が多かったが、1986年からMLBオールスターチームとなり、同時にこのころから日本側も全日本で編成されることが増えた。

 しかし、秋に行われるこうした親善野球は、プロ野球関係者やファンにとっての「非日常」のシーンであって、固唾をのんで見守る試合ではなかった。MLBオールスターチームも迎え撃つ全日本チームも、ユニホームは各所属球団のものを着用しての戦いだったのである。

現在「日の丸をつけて戦うのは別だ」と語る選手も多いがNPBの選手がJAPANのユニホームをつけて戦ったのは2000年のシドニー・オリンピック予選が初めて。つい最近のことである。バレーボールやサッカーの日本代表に国民が沸いたのに比べれば、プロ野球にとって日本代表の歴史は浅い。

若いファンは知らないかもしれないので、あらためてWBC創設当時の状況を思い起こそう。サッカーW杯を主催するFIFAのような国際競技連盟ではなく、MLBとMLB選手会が主体となった国際大会の創設には、他各国から疑問の声が挙がった。WBCは両者が興したワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)が主催となる。いくら文句なしの最強レベルとはいえ、MLBというひとつの国のプロリーグが創設した大会に対する疑問は世界各国から小さくなかった。NPBも参加するべきとすぐには結論を出さず、選手の辞退者も多かった。

コンディション不良などの理由でオリンピックを辞退する選手は今も野球ではいるが、FIFAワールドカップで選手側から辞退する例を聞いたことがない。

観客も正直なもので2006年第1回WBC、東京ドームで行われたアジア・ラウンドの初戦の来場者は2万人にも届かなかった。

第1回のそういう雰囲気の中「サッカーのワールドカップだって始まったときは不参加の強豪国は多かったが、関係者の努力であのようなイベントに育った。まずはやってみることが大切」と語った初代・王貞治監督の前向きな姿勢と人格には心から敬意を表したい。

第2回の原辰徳監督も巨人、まだ選手によっては逡巡するムードもある中「WBCに対する後ろ向きなことは一切言わないように」という声を選手にかけていたと聞いた。

■日米ともに最強チームは結成されるのか…

2大会連続優勝という成果、スター選手の参加と活躍、全日本野球協会ができ、その新組織の努力、協賛社など各方面からの尽力もあって日本代表の価値は上がってきていると思う。WBCの関心度が高まる要因には、クライマックスの導入により3位チームが「日本一」になる事態が発生、日本シリーズの価値が下がってきたことも考えられる。

ただ、当時ニューヨーク・ヤンキースで全盛期を迎えていた松井秀喜は一度も全日本のメンバー入りしなかった。4年に1度は見られる日本人最強のメンバーはまだ一度も編成されたことがない。

しかし今回、いよいよアメリカの意気込みが劇的に上がってきた。第1回もデレク・ジーターアレックス・ロドリゲス(ともにヤンキース)やチッパー・ジョーンズ(アトランタ・ブレーブス)などのスター選手は参加したものの、これまでマックス・シャーザージェイコブ・デグロム(ともにニューヨーク・メッツ)、ジャスティン・バーランダー(ヒューストン・アストロズ)、クレイトン・カーショー(ロサンゼルス・ドジャース)らのMLBのエース格は出場したことはなかった。

2023年のアメリカチームがどのようなメンバーになるかは、ダルビッシュ有大谷翔平が選出されるかという興味と同様に大変楽しみだ。

ただし、ボストン・レッドソックス入団後2007年に15勝、08年も18勝と活躍した松坂大輔が09年の第2回WBCでMVPを獲得した後ふたたび2桁勝利をあげることができなかったことは覚えておきたい。実際、松坂はWBC前から股関節を痛めていたと吐露、同年4勝6敗、防御率5.76とし、これを合わせた6年間で23勝。帰国後も6勝で引退を余儀なくされた。

2019年のプレミア12で活躍した山﨑康晃(横浜DeNAベイスターズ)や甲斐野央(福岡ソフトバンクホークス)が翌シーズンからしばらく調子を落としたことも考えると、特に日本シリーズまで戦って疲れ切った選手たちが休む間もなく強化試合に出場、翌年も早い仕上げが求められるとなると、故障してしまわないかは大変心配だ。

それを危惧しWBCに中日ドラゴンズの選手を派遣しなかった当時の落合博満監督の見識も、決して批判されるべきでないと私は思う。

WBCにかかる期待や夢とともに、こうした功罪も忘れずにおきたい。

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著者プロフィール

篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授

1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。


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