日本のスポーツの歴史はそもそも軍隊に起因する。英語の「Physical Education」の日本語訳として「体育」という語彙は使われていたものの、戦時中は「体練」と呼ばれ、戦後「体育」の名称に回帰。しかし、その指導者の多くは元軍人も多かった。
■日本の体育は旧態依然とした体質がそのまま
谷口真由美さんは、この点も「そもそも運動会や体育祭で行進の際に使われる『ぜんたい、止まれ』は今でこそ『全体』の漢字が当てられるようになっているかもしれませんが、もともとは『全体隊列』の略の『全隊』。軍隊用語が残っている。行進曲に合わせて一糸乱れず、歩兵隊の式典です」と指摘する。
一方、「スポーツ(sports)」の語源はラテン語の「デポルターレ(deportare)」。「de」は現在の英語にも残るように「離す」を意味する。「departure(出発)」「detour(迂回)」など英語の接頭辞にも残る。「portare」は「運ぶ」の意。後者は現在もイタリア語として常用する。この意味から「日常から離れる」、「気分転換する」=「娯楽」「楽しむ」へと転じ、現在の英語の「sport」へ。これが複数形となり「スポーツ」そのものを意味し現在に至る。中世フランス語でも「desporter」は「気分を転じる」「遊ぶ」の意だったという。語源からしてもスポーツと体育はまったく異なる。軍隊に起因する体育は常に指導者から命令がくだされ、これが日本のスポーツ界の膿として残されている。
現在の部活動などは、まだこの旧態依然とした体質がそのままだ。日曜日に河川敷で子どもたちのサッカーや野球を眺めていても、指導者は「そんなじゃダメだ!」「何やってんだお前!」と怒鳴り散らすばかり。日本のスポーツ指導者による不祥事が、いつまで経ってもなくならないのは、これが原因だろう。何も子どもたちだけではない。2018年、日本大学アメリカンフットボール部「フェニックス」による反則タックル事件などは、まさにその象徴だ。道徳の教材『星野くんの二塁打』を忠実に守り、指導者に決められたルール、指示を徹底した結果、起こった事件だ。『星野くん…』が正しい、つまり指導者の指示は自身の考えを挟むことなく遵守しなければならないと教えるのであれば、この日大アメフト部反則タックル事件も、教科書に掲載しなければならない良い例だろう。
■“おっさんOS”と“昭和のICチップ”による指導
谷口さんのご令息は現在中学校3年生。やはり蛙の子は蛙なのか、ラグビー部に所属している。谷口さん自身もその保護者会の会長を任されている。「それが息子の合宿についていき、6つの中学校が合同で合宿していたのですが、それを見ていて、そりゃ、もう“おっさんOS”で“昭和のICチップ“のまま指導している先生なんかもいて、顎が外れそうになった。もちろん、全員ではないです。これを注意しよう、告発しようと考えても、自分たちの子どもを人質に取られている。自分に返ってくるならまだしも、子どもがとばっちりを喰らうと考えると親も逡巡します。もう“昭和のICチップ”のまま動こうとするのは、本当に勘弁してほしいです。今の選手は、昔に比べて身体も大きくなっている。でも、それを指導する側が昭和のまま。マシンを変え最新型にアップデートされているのに、中身のOSやチップはそのまま。Wi-Fiもつながらないで、今の時代にぴーひょろひょろ言うて、ダイヤルアップでつないでいても、会話なんて通じない。これをなんとかしないといけません」と昭和の指導者には、OSのアップデートやICチップの交換を迫りたいとまくしたてた。

おっさんOSに昭和のICチップは不要 写真は1980年のIBMコンピュータ・ルーム (C) Getty Images
そもそも、谷口さんはラグビーの美徳をよくよく理解している「花園で育った娘」「プリンセス・オブ・ラグビー」である。
「ラグビーは、他のスポーツと異なり監督は試合中、ピッチサイドにいられない。直接、指示ができないようにスタンドで観戦しなければならない。実際には、さまざまな方法で試合中の指示もできるようになってしまっていますが、選手たちが自分で考えるスポーツ。試合中に直接、罵詈雑言を飛ばすことができない。始まったら、キャプテンがすべて判断する。2015年ワールドカップ、南アフリカ戦の勝利は、監督の指示を無視してトライを選択、そのチャレンジが生み出した大金星だったじゃないですか。そして、その判断をくだした日本代表に世界中が胸を打たれ『スポーツ界最大の番狂わせ』と言われるまでになった。それがスポーツが持つ価値ですよね」と称賛する。
「スポーツはアクティブ・ラーニングが大事。自律性、主体性を選手自身が考えて実行する。コーチに言われるままではない。言われるままだと自分の体感に落ちない。自分で考えて工夫したことは、腹に落ちる。このトレーニングはなんで必要なのか理解しないと伸びない。やらされてるトレーニングは身にならない。怒鳴り散らすだけの、昭和のICチップはもういらないんです」と説く。
谷口さんは、ラグビー協会を退いたとはいえ、もともと学者としてもコメンテーターとしてもテレビや講演などに引っ張りだこ。だが今後、何を手掛けていくか思案した結果、「やはりスポーツのハラスメントをなくしたいと思っています。日本のスポーツからハラスメントをなくすのが、すごく大事です。『ハラスメントが明日なくなったらいい協会』、いや、ちゃうな。『スポーツハラスメントゼロ協会』を立ち上げようと準備中です。今、テキストも作成中。これはゆくゆくアスリートにとってセカンドキャリアの資格になれば思っています。いずれはISOみたいに認証と認定員がいて、これを持っていれば指導にいけるというような。例えば、あるバスケ教室はスポーツハラスメントゼロの認定を受けていて、『だから、子どもを預けたい』そう思ってもらえる指標になるように。事業計画書を出して、国民政策金融公庫からも融資も受けました。その時に、公庫で担当してくださった係員の方が、『とても社会的に意義があると思います』とおっしゃってくださいました」と、意気揚々と語る。