「不動産転がして儲けるなんてそんなの屁にもならない」村田諒太が明かす、アスリートが社会に貢献できること

アスリートの社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD 2018」の授賞式が、12月17日に都内で行われた。

「HEROs AWARD」は、アスリートの社会貢献活動を促し、様々な社会問題を解決する動きを加速させ、ソーシャルイノベーションの輪を広げていくことを目的に立ち上がった。日本財団が創設した「HEROs Sportsmanship for the future」プロジェクトの取り組みの一つ。

授賞式後、同プロジェクトのアンバサダーでもあるボクシングの前WBA世界ミドル級王者・村田諒太選手に編集部は話を聞いた。同選手は社会貢献活動をどのように捉え、日々活動しているのだろうか。(聞き手=大日方航)

—:現役アスリートにとって「HEROs AWARD」はどういった意義を持つ場所でしょうか。

村田諒太選手(以下、敬称略):やはり、セカンドキャリアを考える上で、アスリートからするといい場所じゃないですかね。

やり甲斐を持ってスポーツをしてきたアスリートが、プレーできなくなったときにどういう風に自分の人生を形成していくのか。その時、こういう場所があればスポーツを使って自分の人生設計をしていくこともできると思いますし、あとはモチベーションにもなると思うんです。

社会貢献活動って、「人を助けている」ように見られますけれど、実はそうじゃない。自分がそういう人たちと会うことによって、モチベーションをもらえるんです

「こうやって自分の人生に強く向き合っている人がいるんだ。じゃぁ自分も負けていられないな」といった感じられたり、「この人を喜ばせたいな」と思える。(社会貢献活動は)いいことづくめだと思いますよ、僕は。

(c) Getty Images

—:ご自身が問題意識を持っている社会問題はありますでしょうか。

村田:親と離れざるを得なくなった子どもたちの存在。僕は子どもが好きなので、その子たちの施設に出入りしたりするのですけれど、悲しいですね。

こんなに可愛い子どもたちから、なぜ親は離れてしまうのだろうと思います。この子どもたちに対する「心の支援」みたいなものはもっとあってもいいと思います。

ましてや18歳までなんです、施設にいれるのが。(※)私立の大学に行こうものなら、誰かがお金出してくれないといけない。

だから、彼ら、彼女らにとって、18歳以降のチョイスが非常に少なくなるのですね。それはいかんだろうと。その辺りも社会的なフォローが足りない。

(※)18歳以上の子どもは児童福祉法の適用外のため、児童養護施設・里親での養育の措置は、現行制度のもとでは原則として18歳まで、措置延長は最長で満20歳までとなっている。

—:なぜそういった問題が起こってしまっているとお考えですか。

村田:ADHD。注意欠陥・多動性障害を抱えた、じっとしてられない子ども達が実は施設には半分以上いるそうです。また、施設に入って、親がいなくなってしまったから、そういった状態になってしまう子ども達も多いそうです。

親が、自分の子が“普通の子”と違うということにすごくプレッシャーを感じてしまって、ストレスが溜まっておかしくなってしまうケースも多い。

だから、それこそ「らしく」ていいんじゃないかな、って。ADHDって確かに大変かもしれないけれど、落ち着いてられない人っているだろうし、僕もどちらかというと落ち着いてられないタイプなので。

そういうのは“個性”だし、「人は人、自分は自分」って昔から言われている言葉ですけれど、そういう理解が社会、親の中にあると、そんな風にストレスを感じる必要ってないと思うんです。

最初は客寄せパンダでいい?

—:社会貢献活動はいろいろな形があると思います。アスリートだからこそできる活動というのはどのようなものがあるのでしょうか。

村田:僕ね、自分がこういった活動をやっていて感じることなんですけれど、「お前何もやっていないじゃないか」って言われるし自分でも思うんです。でも、アスリートっていわばシンボルなので。

例えば社会貢献活動も、アスリートがやっているってことでテレビや新聞などのメディアが来てくれる。その活動に目を向けてもらえる。そのための存在、それでいいのじゃないか、って。

だから、まずは参加すればいいんですよ。そこで、アスリートの力である“注目度”を使うことによって社会的活動に注目が集まっていく。その中で自分が何かできることをしていければいい。それでまずはいいと思います。

—:少し失礼な言い方ですが、最初は“客寄せパンダ”的存在でもいいということですか?

村田:うん、それでいい。僕もはじめそういった存在で、「なんなんだよ、こんなんじゃダメじゃん」っていう思うこともあった。でも、この「HEROs」のおかげで少年院での講演をさせてもらって、すごくいい経験になった。

講演では「僕は中学校の頃にボクシングから逃げ出した」とか、「高校生の時にも失敗してインターハイでは負けからスタートしているボクシング人生だよ」なんて伝えました。

講演後、子どもたちの僕の講演についての感想文を読ませてもらったんですが、そこの「挫折」部分の反響がすごく大きかったですね。

アスリートって憧れの存在だけれど、実はスタートはすごく地味。挫折しているんだよって共感させてあげることにより、子どもたちもリスタートできる気持ちになれると思うんです。

そこの、本当はスターじゃない。スーパーマンがスターになったわけじゃない。一般人がたまたまそうなったんだ、っていうところを感じさせてあげられることができる。だからこそ、僕らアスリートは子ども達に夢を与えることが「しやすい」のだと思います。

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—:アンバサダーは「競技場の外でもスポーツマンシップを発揮している」ということが理由で選出されているとお伺いしました。競技場外でスポーツマンシップを発揮するために意識していることはありますか。

村田:そんなに意識して何かしようというのはないのですけれど、一度こういう活動をさせてもらい、児童福祉施設、児童養護施設に行かせてもらうと、そこに気持ちが繋がっちゃうんですね。

だから、結果的にはそれがスポーツマンシップなのかもしれない。別にスポーツマンシップを発揮しようと思っているわけではないんですけれどもね。

一度訪れた福祉施設で、そこの子どもたちに、「チャンピオンになったらくるからね」と伝えたんです。

で、実際にまた訪れると子どもたちが「あ、本当に来た。絶対に来ないと思っていた」って言うんです。「本当に来てくれた、ありがとう」なんて言われるとね、心が繋がっちゃいますね。親戚の子が増えるような感覚です。

社会貢献で心に余裕ができる

—:「社会貢献」という観点を意識するには、どうしていくことが必要でしょうか。

村田:確かに面倒臭いかもしれないんですけれど、そういう場、例えば児童養護施設などに顔を出して欲しいんですよね。行くと、世界観が変わる。余裕ないときほど社会貢献活動をすると、意外と余裕が生まれたりするんです。

こんなに子どもたちが頑張っている、こんな大変な状況にもこの子たちは負けていないと思えたら、自分も負けていられないと思える。そう思えたら、視野が広がり心の余裕ができると思うんです。

一歩足を踏み出してみると、思われているのとは逆なんですよ。重いものを抱えてしまう、って思われがちですが、心に余裕ができるんです。

ただ、なかなかそういう機会がないんですよ。やり方知らないし。僕も知らなかった。僕はたまたまオリンピックで金メダル(※)をとったことによって、機会ができた。それから5年くらい継続的に施設に通っています。

(※)2012年ロンドンオリンピックミドル級で金メダルを獲得した。

(c) Getty Images

だから、日本財団さんには一般の人にも福祉施設に行ける機会を増やして欲しいと思います。はじめは「しんどいものを背負う」という気持ちになるかもしれない。

でも、そうじゃない。実はそうした活動に関わるほど、心が豊かになるんです。

—:今後していきたい活動はどういったものがあるでしょうか。

村田:仕事をするにしろなんにせよ、「社会貢献」という軸がないと僕はやりたくないと思っています。意味がない。自分の銭儲けとか。不動産転がして儲けるなんてそんなの屁にもならないと僕は思っていて。

じゃあ、社会貢献で僕には何ができるのかと。なかなか見つからないかもしれないですけれど、そういう軸を持ちながら生きていきたいです。

そうするとモチベーションも上がるし…。その、恩恵を十分に受けた人間だと思うんです。僕は。この国において。

ハリーポッターの作者(※)でしたっけ。あの人は「この国に恩恵を受けたから、この国にいる」っていうんですよ。タックスヘイブンでしたっけ、そういう国に行ったりしないから、あの作者は尊敬されていると聞いたことがあります。

(※)J・K・ローリングさん

僕も、いろいろな人が応援してくれたし、みんなができない経験をさせてもらっているのだから、みんなから受けた恩恵を返していきたいんです。

その軸さえ持っていれば多分ブレずにできると思うんで。細かいところよりは、軸をもって生きていくことが大事なんだと思っています。

《大日方航》

(c) Getty Images

 

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