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【WTA】大坂なおみ、妊娠・出産から第一線復帰への道のりは… ママ・プレーヤーの体験から考える 前編

 

【WTA】大坂なおみ、妊娠・出産から第一線復帰への道のりは… ママ・プレーヤーの体験から考える 前編
大坂なおみ 2021年2月21日 (C)Getty Images

グランドスラム大会4勝を誇る大坂なおみが全豪オープンを控えた12日、自身のSNSで妊娠を発表。赤ちゃんのエコー写真と一緒に「私が楽しみにしていることの一つは、子供が私の試合を見て、誰かに『あれは私のお母さんよ』と言ってくれることです」とメッセージを添えた。

私の現役時代、海外選手と将来のプランについて話すとき「子供を産んで、またプレーすること」という考えを半数ほど聞いた気がする。実際に大会に子どもを帯同させながら仕事に取り組む選手を見ては「タフな女性だな」と尊敬に加え、母として選手として2役を全うする女性の輝きを身近に感じてきた。

既に来季の復帰を示唆している大坂だが、初めての妊娠で戸惑うことも多いはず。私自身の体験からも、実際に妊娠生活ではマイナートラブルも多く、女性にとって産後の身体の変化は大きい。今回は、産後もプレーヤーとして活動を続けた元プロテニスプレイヤーの宮村美紀さんに妊娠から産後の復帰までの道のりについて聞いた。

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■妊娠発覚時の嬉しさと「どうしよう」とわずかな困惑

2014年、全豪オープン本戦の女子ダブルスに出場した宮村さんは、選手生活後半に第一子を妊娠。2017年に女児を出産し、3カ月半を経て大会に復帰した。

日本リーグでプレーする宮村美紀さん 写真提供:本人

妊娠が発覚した時は嬉しさと同時に「どうしよう」とわずかな困惑を抱いたと話す。理由は、キャリアが中断することに加えスポンサーへの対応が頭をよぎったからだ。「2016年シーズンも終盤にかかる頃、体調が悪いなと思いつつも、持病の貧血の影響や、大会中によくあるプレッシャーからくるストレスだろうと思っていました。そして妊娠初期の着床出血を月経だとカウントしていたこともあり、当初は妊娠に気付きませんでした。最終的に発覚した時は、とても嬉しい気持ちと同時に『来月の試合をどうしよう』と考えましたね」と振り返る。

それは当時契約していた実業団チームの試合をまっとうするためだった。だが病院で胎児のエコー写真と心臓の動きを見た瞬間、まるっきり考えは変わったという。「母性がいきなり爆発して、その日から完全に安静を取り、出産までゆっくりと過ごしました。31歳という年齢のこともあるし、授かった命を大切にしたかった。スポンサー側にも報告し、理解してくださったことには今でも感謝しています」。

私自身は引退後に妊娠、出産を経験したが、大坂にも同じような母性の爆発があったのではないだろうか。

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妊娠当初は復帰の想像などすることもなく、初めての妊娠にどこまで身体を動かしてよいものかも分からなかった。トレーニングなど何ひとつせず、ただ無事にお腹の子が成長することを願った。「自分のなかでは復帰は考えていませんでした。現役中に結婚もして、いつか好きな人の子どもを産むことは夢だったし、母親として、次の人生があることも素晴らしいなと」。

■産後3カ月半で復帰しチーム優勝に貢献

だが、月日が経つと家族や応援してくれた人々からの後押しもあり、復帰することを決意。産後2週間で復帰へ向けウォーキングをはじめ、1カ月でランニングやヨガなど動作の幅を広げた。そして産後2カ月目にテニスを再開。「最初はスプリットステップをひとつ踏むだけで、ドシーッンと地響きが鳴るようでした」と笑いながらも「妊娠中に17キロ増えた体重も最終的には20キロ減り、本当にテニスを始めた頃のように真新しい感覚で過ごしました。少しずつプレーする時間を増やしながら、日進月歩でテニスやフィジカルが戻ることが楽しかったです」と話す。

宮村美紀さん 復帰翌年には日本リーグで優秀選手賞を獲得 写真提供:本人 

その後1カ月半のトレーニングを積み、産後3カ月半で妊娠当初に契約していた実業団チームに再合流した宮村さんは、全国実業団対抗テニストーナメントでチーム優勝に貢献し、翌年の日本リーグでは優秀選手賞を受賞。

ママ・プレーヤーとして完全復活を果たした。

◆【後編】大坂なおみ、妊娠・出産から第一線復帰への道のりは… ママ・プレーヤーの体験から考える

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。