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【車いすテニス】国枝慎吾現役引退、そして国民栄誉賞へ 「俺は最強だ!」伝説ができるまで… 後編

 

【車いすテニス】国枝慎吾現役引退、そして国民栄誉賞へ 「俺は最強だ!」伝説ができるまで… 後編
齋田悟司と組んだリオパラリンピックではダブルス銅メダルを獲得 提供:吉田テニス記念センター

全豪オープン車いすテニスの開催日が迫った1月22日、生きるレジェンド国枝慎吾が現役引退の発表をした。これまでに車いすテニスで歴代最多となるグランドスラム50勝、パラリンピックで4度の金メダル獲得、そして昨季は念願のウィンブルドンを制し生涯ゴールデンスラムを達成。「もう十分やりきった」と世界一位の席から立ちあがり、勝負に明け暮れたコートを後にした。

ここでは「俺は最強」伝説ができあがるまでを追う。

◆国枝慎吾現役引退、そして国民栄誉賞へ 「俺は最強だ!」伝説ができるまで… 前編

■国枝に伝えた2つの言葉「呼吸と笑顔」

国枝(写真左)と吉田和子さん 提供:吉田テニス記念センター

北京大会を翌年に控えた夏、吉田さんは現地のオリンピックパークを訪問。「人間は初見の場所では居心地が悪く感じる時もあるので、大会会場として使われる施設をすべて見回りました」と準備に余念はなかった。

それでも準々決勝を前にした頃から、国枝が抱えるプレッシャーの大きさからチーム内の会話は減っていく一方だったという。その姿を懸念しチームは当時、イギリスのローンテニス協会(LTA)チームに加入していたアンに状況を説明。LTA側の了承を得て国枝の応援にも加わってもらった。

「チームの誰もがシングルス金メダルへの道を経験したことがなかった。その時に助けてくれたのはアンです。必要になったら私が行きます。とパット・キャシュやパトリック・ラフターを1位に導いた彼女にしかできない仕事があった」。

アンは、明らかにチグハグな練習を見せる国枝に伝えた言葉は2つ。「呼吸と笑顔」だったという。その言葉は本来の力を最大限に発揮する鍵の一つとなり、晴れて国枝はパラリンピック史上初の日本人シングルス金メダリストとなった。幾度のプレッシャーと苦悩を乗り越え、アテネからの4年間を涙とともに最高の結果で示したのだ。

■休むことなく続けた挑戦

誰もが描く栄光の先に、人は何を目標とできるのか。

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その孤高な日々を経験するのは世界一の選手だけだろう。歓喜の翌朝、国枝はポツリと「これからどうしよう」とつぶやいたという。その姿に吉田さんは「この4年間、死ぬ思いでやってきて一日も喜んでないの」と驚きを隠せなかった。

「慎吾は、もう勝った時に喜びましたよ。って言うんです。もう本当に驚くほど、次の朝には冷静だった。彼はそれ以上、言葉にはしませんでしたが既に次のことを考えて、これまで以上の努力をしないとこのポジションにいられないと思っていたんだと思います」。

この心理は常に引退する日まで続いてきたことだろう。

ダイバーシティーを叶えたTTC CHAMPION SHIPS 提供:吉田テニス記念センター

2009年には車いすテニス初のプロ転向を宣言し、ロンドン大会と東京大会で再び金メダルを獲得。パラリンピックでの記録はシングルス22勝2敗と驚異的だ。そして世界ランキング1位を582週、ダブルス世界ランキング1位を102週ものあいだキープした。これは、373週で世界一になったノバク・ジョコビッチより209週も多いことになる。この道のりの途中に車いすテニスの賞金は上がり、プロとして活動できる選手も増えた。昨今ではグランドスラムのドロー数も拡大し、より多くの選手に活躍の場を提供したいと大会側も熱を増している。世界のパラアスリートとして多くの心を震わせたのも、小田凱人という次世代のスターを生んだのも国枝慎吾という男の壮絶な戦いの日々からだった。

■どんなに偉業達成しても変わらない人柄

国枝はテニス界にとってみなの憧れであり、お兄さん的存在だ。

ウィンブルドン優勝カップを持つ国枝の周りに集まる子どもたち 提供:吉田テニス記念センター

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普段は周りを大笑いさせるほど冗談を言ってくれる時もある。それがテニスのこととなれば1秒たりとも妥協せずにやり抜く姿には、ただ者ではないオーラと共に、不思議と親しみと優しさのベールをまとっていた。どんなに新しい快挙を作っても変わらず誰にでも平等なところが、また人として尊敬を集める魅力でもある。

昨夏の生涯グランドスラムを達成後には、帰国後すぐにTTCを訪問。優勝報告に沸く中、当センターの評議委員会・会長であり、ダブルスで日本人初のウィンブルドン覇者となった吉田和子さん(旧姓:沢松)と国枝のトロフィーが肩を並べ合った。そしてそれが国枝にとってグランドスラム50勝目であり、最後のグランドスラムタイトル。今思えば生涯グランドスラム達成となったトロフィーを、順に子どもたちが触れる光景には自然とその場に高揚が沸き立った。

11歳から27年間通った練習拠点地では、多くを語り合わずとも「嬉しいね」の一言が互いの胸を打つ。生きる伝説、国枝慎吾の軌跡が幕を閉じた。この輝きは間違いなく、後世に「王者の生き方」を吹き込むことになるだろう。

吉田和子さんと国枝慎吾のウィンブルドン優勝トロフィー 提供:吉田テニス記念センター

◆国枝慎吾、車いすテニス初の生涯ゴールデンスラム達成の影にロジャー・フェデラーのひと言

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。