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【車いすテニス】国枝慎吾の後継者・小田凱人 全豪オープン準優勝と「最年少記録を作り続ける運命」後編

【車いすテニス】国枝慎吾の後継者・小田凱人 全豪オープン準優勝と「最年少記録を作り続ける運命」後編
マスターズ制覇 小田凱人の快進撃は、まさに今始まったばかり   (C) Mathilde Dusol

プロ車いすテニスプレーヤー、小田凱人、16歳。

「最年少記録を作り続ける運命」と挑むこの道は、必ず国枝慎吾という大きな背中があった。

◆国枝慎吾の後継者・小田凱人 全豪オープン準優勝と「最年少記録を作り続ける運命」前編

その国枝が引退した今、小田にとってその影響はいかほどか。

■独自のスタイルと競技用車いすへの探求

新たな道を歩き出すしかなかった。「頑張るしかないし、全豪を優勝する目標に変わりはなかった」と初のGSタイトルに意欲は一層みなぎったという。その中でも遠征の序盤は豪州の弾むコートと気温の高さに手を焼いた。

「オーストラリアのコートはグリップも利くし、タイヤの消費量が違う。キャスターも本来であれば2カ月に1回交換するところが、今回は3大会で2回取り換えました」。

気温の高さからチューブがパンクする確率も上がる。その懸念を抑えるためにも、シートの左右にある2つの大きなタイヤに加え、小さな車輪3つへのチェックを欠かさなかった。またプロ転向後にはサポート体制が整い、車いすを細部までカスタムできるようになってからは、今まで以上に思うようにチェアワークができるようになったと打ち明ける。多くの選手が両足をそろえて固定する姿勢をとる中、小田の場合は右足を前に左足を後ろに広げるスタイルだ。その理由には、左足の術後の症状から角度制限があることも関係している。

「僕の場合は足を前後にしないと車いすもこげないし、ドロップショットも取りに行けない。これじゃないとできないというのもあります。その中で一般の選手に近いイメージでやりたいというのがちょうど重なって、フォアを構える時も足を広げた方が力も入りやすかった。今の姿勢が一番しっくりきたんです」。

その細部への探求こそ小田のパワフルなショットを支えている。「足を同じ場所で固定しているよりも、腰の回旋や体の回旋が利く。自分の中ではこのスタイルが絶対プラスになっている」と続け、豪州の跳ねるコートで顔よりも高い打点から重いスピンを打ち放った。

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1回戦のケーシー・ラッツラフ(アメリカ)に快勝し、準々決勝では眞田卓をストレートで破った。準決勝では第2シードのグスタボ・フェルナンデス(アルゼンチン)からマッチポイントを振り切っての大逆転勝利。これには昨秋のジャパンオープン決勝をほうふつさせるほどの「魂のプレー」と、多くの人が小田の優勝を期待した。

■全豪オープン準優勝から芽生えるヒューエットとのライバル関係

全豪オープンに挑んだ16歳の小田凱人(C)ロイター

しかし、第1シードのアルフィー・ヒューエット(イギリス)を倒すことはできなかった。小田は思い切りのいいショットから序盤3-1とリードを広げ快走するが、ヒューエットのキレのあるサービスが小田のテニスを長くは続けさせない。

「アルフィーは、昨年のマスターズの時よりもサービスをいい状態に仕上げてきた」と言うように、以前に増してコースの読みにくさを感じていた。ヒューエットは少しでも小田のショットの回転量が落ちたと見ると、迷いもなく顔の高さから剛球を打ち抜く。一進一退の攻防戦に独り言を繰り返す姿は、期待のホープに対する警戒と同時にGS準優勝の悔しさを嫌というほど知っているからこそ。国枝の引退からポカリと空いた玉座に対し、共に一時代を築いてきたヒューエットの思いが強かったのは明白だろう。最後はサービスエースで6-3、6-1と締めくくり、キング国枝の座に腰を下ろした。

国枝は小田の打球を「一級品のボール」、ヒューエットは「どの選手よりもクリーンショットを打つことができる」と評すように、2人のテニスには類似点があるように見える。共に150キロ以上のサービスが打てることに加え、顔の高さからでも安定して打ち抜けるストローク。また速攻性の高さが光るゲームプランに、走り抜けながら狙えるパッシング能力の高さは相手に脅威を与える。互いに相手を攻略するタイプというよりは、自分のテニスを突き通せるほどの球威を持つ選手たちだ。

この2人のライバル関係は、今後の車いすテニスのゲーム性をどう引き上げていくのか。今回もスコアほど大きく力が離れているわけではないはずだ。しかし小田からすれば「やっぱりヒューエットのボールは重くて鋭い。フォア、バック共にスライスを使えるし、高低差を生むのがうまい」と肌身で感じるライバルの力量を説く。「それをもってすごいスピードで攻めてくるので、今回の決勝では、僕の方が高いところで打たされた」と分析した。

そして「これから何十回も戦うと思う」と新たなライバル関係に「どの大会も決勝はアルフィーと戦う確率が高くなるだろうし、ものすごく苦しい試合にもなるかもしれない。なるべく早く勝ちたいと思ってしまうが、特にアルフィーとの対戦に関しては焦らずやっていくことが重要。これからは自分のテニスを100、プラス対策が20の気持ちでやっていこうと思っています」と続けた。

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長所や自身のスタイルを削ってまで対策するのではない。そこを強く言い聞かすように、全仏オープンまでに力をつけるのが今の課題だと話した。

始まったばかりの頂上決戦に、「人に見てもらえるほど気が引き締まるタイプ」という小田は根っからのスター選手だ。5月には17歳になって全仏を迎える。「最年少記録を作り続ける運命」と挑むこの道には、国枝に「恩返し」の道も加わった。

次は僕が誰かのヒーローになる。その思いを誰かが受け取るまで、小田の歩みが止まることはないだろう。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。