【センバツ】「ペッパーミル・パフォーマンス」vs. 高校野球100年の歴史 学生野球憲章の意義とは…

 

【センバツ】「ペッパーミル・パフォーマンス」vs. 高校野球100年の歴史 学生野球憲章の意義とは…
WBCオーストラリア戦でタイムリーを放ちペッパーミル・パフォーマンスを見せるラーズ・ヌートバー (C) Getty Images

日本代表の14年ぶり優勝で華々しく幕を閉じたワールド・ベースボール・クラシックWBC)において、ラーズ・ヌートバーの活躍により一躍日本中に広がった「ペッパーミル・パフォーマンス」がセンバツ高校野球に飛び火し波紋を呼んでいる。

◆青学大・原晋監督 ペッパーミル騒動に再言及「悪しき体質見直さなければ」

■「不要なパフォーマンスやジェスチャーは慎むよう」

阪神甲子園球場で18日に開幕したセンバツの第1試合、宮城の東北高校の選手が相手のエラーで出塁した際、ベンチに向かってこの「ペッパーミル・パフォーマンス」をし、審判から注意を受けた。

高野連は「高校野球としては、不要なパフォーマンスやジェスチャーは、従来より慎むようお願いしてきた。試合を楽しみたいという選手の気持ちは理解できるが、プレーで楽しんでほしい」という見解を示した。これについて賛否が飛び交っている。

たとえばサッカーの全国高校選手権の場で、ゴールを決めた選手が「カズダンス」を披露した場合、主催者は注意をするのか聞いてみたい。高校にサッカー連盟というのは存在せず、日本サッカー協会(JFA)と民放43社が主催、高体連が共催となっているため、もしこういう事象が起きたときにどこが判断あるいは指示などをするのかは定かではない。

2023年はJリーグ30周年で三浦知良がゴールを決めた直後の動画を見る機会が多かったが、このパフォーマンスはあまり品のいいものではないと個人的に思う。それぞれの競技や大会には礼儀がある。プロサッカーでゴールを決めた選手のはしゃぎかたは他の競技とは違い、独特のものがある。もしかすると学生サッカーでも黙認あるいは奨励されるのかもしれない。

(c)Getty Images

ラグビー・リーグワンの試合を見ていると、点を取った後に選手が踊ったり、ユニフォームを脱いだりせず、淡々と自陣に向かって走っている。高校のラグビー選手も派手なパフォーマンスはしないのではないだろうか。

これが柔道や剣道や相撲ならどうだろう。礼に始まり礼で終わる武道では、大人も学生もあのような喜びを体で表現するような行為は慎むべきで、選手は考えもしない、それが作法だと思うのではないだろうか。想像だが…。

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10年ほど前の日米大学野球で、日本人打者がホームランを放ったときベンチ入り選手が横一列にダッグアウトの前に並んでその打者を迎えたことがある。プロ野球ではいつも見るシーンだが大学のリーグ戦では許されていないことである。このときアメリカチームの監督が「What’s that?」と内野席にも聞こえる声で怒ったのを私は見た。アメリカでもカレッジベースボールではこうしたことは許されていないのだと知った。

■エンターテインメント性を排除してきた歴史

 そこで高校野球である。

最近はいろいろなことで「それは昭和の考えかただ」などと伝統的な考えが否定されているけれども、高校野球は大正時代に始まっている。そもそも武道的な要素をたくさんまとってきたうえに「教育の一環」を決して崩すことがなかった部活動の競技であり、プロのエンターテインメント性を排除してきた歴史がある。

今回の東北高校・佐藤洋監督(元巨人)の言動は審判の指示に対してメディアを集めて疑問を呈した。2007年夏の決勝で広陵高校の中井哲之監督は公然と審判のジャッジを批判。このとき監督は厳重注意処分を高野連から受けている。これと同じ事象である。

あれから時代も変わっているので、同じような処分を科すべきだとは思っていないけれども、それ以前の高野連なら「プロに在籍した者を高校野球の指導者に受け入れるのは今後拒絶する」という判断が出ても不思議はない。

ユニフォームにスポンサーのロゴが許されている他の学生スポーツは存在するのだが、学生野球ではユニフォームの製造メーカーのロゴも露出が許されていない。卓球やゴルフの選手は許される広告出演ももちろん野球部員は許されていない。

こうして他の学生スポーツとくらべても厳しく商業主義を排除してきたのは学生野球憲章の存在である。それが定められた理由は1932年に当時の文部省から発令された野球の統制ならびに施行に関する訓令(いわゆる野球統制令)にある。それまで、プロ野球のない時代に異常な人気を集め派手な言動が目立った学生野球選手を戒めるためにできたものだ。

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詳述は控えるが、学生野球界はそれを反省し、統制令を廃止してもらうに際して学生野球の健全な発展を誓って学生野球憲章ができたのが1950年のことである。大学と高校では微妙にユニフォームなどの規定も違うのだが、この憲章を遵守してきて今がある。

多くの指導者も、選手も、この憲章の下にプレー、そして旧制中学野球から始まる高校野球のファンも100年の間この価値を支持してきたものであり、礼儀正しくきびきびとしたプレーに純粋に打ち込む高校生の野球を尊重してきたはずである。

大学の他競技の監督から「こんな審判」と言われるのも心外な話だが、憲章の部外者なのでしかたがない。部外者からペッパーミル支持発言が出たり、その賛同コメントが半数近くいるのも、長年高野連が崩さずにいた多少頑固な側面があるのかもしれない。ただし、高校野球の指導者からこの価値を理解しようとしない発言が出るのは残念としかいいようがない。

近年高野連は変わってきた。選手のために球数制限や休養日などを設け、継続試合を導入、タイブレークも10回からに早めた。開閉会式での寶会長のことばから伝わる人がらや高校野球のあるべき姿への思い、今回の「不必要なパフォーマンスやジェスチャーは従来より慎むようお願いしてきました」という威圧的でない穏便な表現にもそれがあふれ出ている。

2009年3月23日、ドジャー・スタジアムで行われた決勝戦 10回表に伝説の2点タイムリーを放つイチロー (C) Getty Images

■にこりともともしなかったイチロー

このような学生野球観が受け入れられないなら、地域クラブのような野球大会を別途創設して、派手なパフォーマンス満載で楽しむ野球大会にすればよい。それはそれで野球界のためにはいいことかもしれない。高野連が100年のポリシーを変えてそのようになるのならそれはそれであらたな支持者も生まれ、大学駅伝の監督も喜ぶかもしれないが、甲子園の観客は減ることになると思う。

それにしても、本当は学生だけでなく、侍ジャパンにもこういう武士道の野球をもっていてほしいと願うのは思ったらおかしいだろうか。今回何度も放送された2009年WBC決勝戦でイチローが優勝を決める勝ち越し打を放ったとき、彼はガッツポーズどころかにこりともせず涼しい顔で二塁ベース上に立っていた。

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この頃は侍ジャパンのロゴは武士がバットを持つシルエットが使われており、その象徴のようなシーンだったと私は思うのだが、いつのまにかそのロゴが使われなくなったとともに侍のようなたたずまいを持つ選手はいなくなってしまった。それも時代の流れかもしれないが…。

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著者プロフィール

篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授

1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。