服部勇馬が五輪代表の座を掴むまで 「プレッシャーもあるけど、夢の舞台でもあるんです」

「内に秘めた走り」こそがトヨタ自動車の服部勇馬選手(25)の信条だ。

感情を表に出すタイプではない。内に秘めた確かなものがあって、それを思う存分身体で表現すればタイムが出てくる。そう信じて走り続けている。

東京五輪マラソン代表の座を掴むまで

2020東京五輪のマラソン日本代表を選考するマラソングランドチャンピオンシップMGC)が2019年9月15日に開催され、男子は富士通の中村匠吾選手が2時間11分28秒で優勝した。

このレースでは2位までが東京五輪代表になれた。中村選手から8秒遅れ、日本記録保持者の大迫傑選手を逆転して2位でテープを切ったのが服部選手だ。

大本命だった大迫選手を最後の最後で逆転して、この日五輪代表の切符をつかんだ服部選手は、「東京五輪を目指したのは東洋大学の時です。それからいろいろなことを経験して、五輪のスタートラインに立てることになったのがうれしいです」と安堵の表情を見せていた。

しかし一夜明けると反省点ばかりが頭をよぎった。レースに勝てなかったからだ

東京五輪代表に内定した4選手。左から鈴木亜由子選手、前田穂南選手、中村匠吾選手、服部勇馬選手 撮影=山口和幸

駒澤大学で走っていた中村選手は1学年上。どちらも大学生のときに東京五輪が決定し、箱根駅伝で勝つために必要な20kmの練習を積み重ねながらもマラソン挑戦を視野に入れていた。

MGCでは両者の思いが激突し、中村選手が服部選手を振り切った。

「中村選手が強かったというのもありますが、勝てないレースをしてしまったと思います。39kmの集団状態から中村選手が仕掛けたんですが、できればもっと早い段階で自分自身が人数を絞る動きをして、主導権を握りたかった」

2018年12月の福岡国際マラソンでは日本勢として14年ぶりに勝って、それが自信につながった。

この大会ではMGC出場権も獲得した。福岡国際に向けての練習で手応えをつかんだので、MGCでもそれを踏襲したという。

(c)Getty Images

五輪代表を決めるMGCのために箱根の5区で練習を積んできた。距離を重ねるのは得意ではなかったが、自分がイヤだなと思うような練習をあえてやったと語る

福岡国際の優勝から10カ月もマラソンが空いたが、しっかりと集中していた。そのほうが走れる自信もあった。

そしてMGCで2位となって五輪代表選手に。東京五輪はこのMGCから11カ月後だが、服部選手を指導するコーチ陣はその調整方法にまったく不安を感じないとする。

「MGCのコースは週末に東京に遊びに来たときに、部分的な試走をしていました」と服部選手が過去に証言していたが、この東京という大舞台で走ることが夢でもあったはずだ。

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