「音速の貴公子」、アイルトン・セナが備えていた異能とは 取材中、感極まって浮かべた涙

(c)Getty Images

レーシングドライバーは死をも恐れずアクセルを踏み、速く走る命知らず」というイメージはモータースポーツにおいて、つねに一人歩きしている偏見だ。決して、そうではない点を理解してもらえれば、モータースポーツの魅力をより深く味わえるはずだ。

1992年の秋、F1日本グランプリを戦うために来日したアイルトン・セナのインタビューを行った。セナのマネージャーからぼくに割り当てられた時間は撮影とインタビューを含めわずか20分。こんな短時間では、そのときセナがF1の中で置かれていた立場についてや、今後の展望などを尋ねても世間一般のメディアに繰り返すだろう、決まり切った談話しかもらえそうにない。

そこで敢えて、彼が未来を信じてただ速く走ることだけを追い求めていた少年から青年の時代、レーシングカートに打ち込んでいた頃の話を聞くことにした。

1992年、セナは32歳。15年近く以前の記憶をたどってもらえば、次から次へと続く缶詰取材の口直しにもなり、興味深い話も引き出せるかもしれない、という趣向である。

≪文:大串信≫

アイルトン・セナの「天才性」

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とはいえ時間は20分であることに変わりはない。セナが若いときに抱いていた希望について、ざっくりとした話が聞ければ御の字だと思っていた。ところが、たまたま少しだけ突っ込んだ質問をしたところ、予想もしない展開になった。

若き日のセナがカートでレースをする際、「同時に異なる性質のタイヤを組み合わせて操縦性を調節した」というエピソードは真実なのか、と質問を投げた。それ以降、レーシングカートレースの戦い方が変わったというレース界の伝説を確かめてみたかった。

すると、驚くべきことが起きた。質問に対してセナは「そうだよ、確かにそういうことをやっていた」と答えると「ちょっと待って」と眉間に指を置いて考え込んだ。

そしてしばらくしてから「そういえばいついつのレースでは、フロントにこれこれ、リヤにこれこれの性質を持つタイヤを使った」と、15年近く前のレースでどんな戦い方をしたかを、何の資料もなく記憶の中からデータレベルの証言を始めたのである。

そこまでを期待もしていなかったので、仰天した。そのレースは、まだ若いセナが、将来自分がF1のスターになることなど想像もできない時代に出場した数多いレースの中のひとつに過ぎない。

しかしそこで勝つために編み出した戦法を、セナは15年経過しても事細かに記憶していた。セナの驚異的な記憶力については、それまでも多くの関係者が証言してきたが、それを目の当たりにし、ぼくは寒気すらおぼえた。

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セナほどではないにしても、優秀なレーシングドライバーの多くは凡人からすれば驚異的に思えるほどの記憶力を発揮する。たとえばレースを前にした練習走行などで、レーシングドライバーはサーキットを1周してくる間、どこのコーナーで何が起きたのか、そのとき自分の操っていたレーシングカーがどんな反応を示したかを記憶して帰ってくると、クルマのセッティングを進めようと待ち構えているエンジニアに、感じ取ってきた状況を自分の言葉で表現して伝える。

ひとつのコーナーに向けてブレーキを踏み減速し、ステアリングを切って曲がり、再び加速するまで一連の過程を、優秀なドライバーはいくつかのパート(基本は進入、中間、脱出の3区間だが場合によっては10区間以上)に分割し、それぞれでどういう状況だったのかを感じ取り記憶し説明できる。ここで伝達される情報が、詳細であればあるほど、量が多ければ多いほど、レーシングカーのセッティングは進みドライバーがタイムを出しやすい状態にマシンは仕上がっていく。

つまり、「感じ取り」「記憶し」「説明する能力は、アクセルを踏み込むことと同等、いやそれ以上にレーシングドライバーの「速さ」を決める要因となるのである。あの日セナが示した驚くべき記憶力は、まさにセナの「天才性」の片鱗であった

取材中、感極まって浮かべた涙

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ちなみにセナはこのインタビューで久しぶりに自分の若い日々を語ることになり自分でも興に乗ってしまったようで、当初の約束だった20分の制限時間を知らせに来たマネージャーを制し、次の取材を待つTVのクルーがドアの外で待ち構えていたにもかかわらずインタビューを延長し、結局1時間近くも話し込むことになった

こちらは待たされているTVクルーの気持ちを考えると気が気ではなかったが、まさかセナがこれほど話し込んでくれるとは思っていなかったから、幸運は幸運だった。

しかもこの延長時間の中で、さらにセナの天才性を垣間見ることになった。というのも自らの若き日々のエピソードを語るうち、セナは感極まって涙を浮かべ始めたのだ

自分で思い出し自分で語って自分で泣くという、セナの思い入れの強さに再び仰天した。セナは凡人にはわからないほど、強烈なパワーで自分の気持ちをある一点に集中するタイプだった。なるほどそれもまた1/1000秒を争う人間にとっては大きな意味を持つ能力なのかもしれないなと、つくづく思い知ったものだった。

危険を顧みずアクセルを踏み込む蛮勇を振り回してもサーキットを速く走ることは出来ない。緻密な感性と底知れぬ記憶力と言語による表現力、そして強力な思い入れこそがラップタイムを短縮する原動力になるのである。

セナはその日、一般にはあまり知られていないモータースポーツの基本とその奥深さを改めて認識させてくれたのだった。

著者プロフィール
大串 信(おおぐし まこと)
東京都世田谷区生まれ神奈川県逗子市在住。1986年、フリーランス・ライターとして独立、自動車レース関連記事の執筆活動に入り、F1グランプリを含む国内外モータースポーツが主戦場。かつての「セナプロ」を含め、取材対象となったドライバーの枚挙には暇なし。自らも4輪国内Aライセンス所持を所持するレーサー。グランツーリスモを含む、eSportsの造詣も深い。第2種情報処理技術者(現基本情報技術者)。オヤジ居酒屋の1人呑みが趣味。病的猫溺愛者。

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