日本人が知らない人種差別と戦う大坂なおみの偉業

 

日本人が知らない人種差別と戦う大坂なおみの偉業
全米オープンではマスク着用を通じて人種差別への思いを表した大坂なおみ (C)Getty Images

「たかが選手が」という偏見は、まだまだ日本では根強い。

スポーツ選手が政治および社会問題について発言するたびに、批難の対象となる。スポーツの「プロ」がゆえに口出しせず、政治は「プロ」にまかせておけという偏見だろうか。こうした批難は、為政者によるプロパガンダではないかとさえ疑念を抱く。スポーツ選手の政治に対する発言がいさめられるのであれば、いち国民の政治的意見など黙殺されるに等しかろう。それは「たかが国民の一票」との位置づけに結びつく。その割には、この国のプロの政治家の劣化も著しいことこの上ないが……。

2020年9月、ニューヨークで行われたテニスの全米オープンにおいて、大坂なおみは試合ごとに、人種差別や警察の暴力を受け亡くなった7人の黒人の名前が書かれたマスクをつけ出場、議論の的となりつつも、見事に2度目の大会制覇を成し遂げた。

報道を眺めた限り、アメリカでは「賛否」、そしてどちらかと言えば賛同の声が多かったと記憶しているが、日本ではSNS上を中心に批難の意見も目立ち、大坂への賛同を表明したメディアも少なかったと思われる。

■日本国籍を持つ大坂なおみが人種差別への取り組みに至った背景

本件は最近、あまり耳にしなくなったが日本人の“島国根性”が露呈した社会事象だったのではないか。日本人は「人種差別」に無頓着として差し支えない。「いや、日本でも在日問題など差別がある」とムキになる方も多かろう。しかし、それは国籍差別であって人種差別ではない。日本で頻繁にみられるケースは、非日本人差別であり、“島国根性”に起因する「俺か、俺以外か」だ。

人種は国籍に左右されない。大別すれば、モンゴロイド、ネグロイド、コーカソイドそして時としてオーストラロイドとされる。身体的特徴、特に皮膚の色により区別される。日本人の多くはモンゴロイドだが、アメリカ人はモンゴロイドもネグロイドも共存している。

日本国籍を持つ大坂なおみが、人種差別への自身の取り組みに至った背景には、彼女自身がネグロイド、「黒人」であるからに他ならない。事実、大坂はこれまでも自身について「日本人でもあり、黒人女性でもある」と言及している。

おそらく世界でもっとも混血が進んだアメリカ合衆国という国家においても、黒人という概念は根強い。「ワンエイス(1/8)」つまり曽祖父母のいずれかに黒人を持つ場合、「黒人」とみなされる。よってハーフである大坂が黒人として危機感を抱き、自身の決意を表明したとしても、むしろ当然だ。

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大坂本人やNBAの八村塁らが日本在住中に受けた差別を顧みれば、それこそが人種差別だったろう。

■白人がマイノリティ化するという“現実”が、人種差別となって表面化

2000年の元日に発売された米『ニューヨーク・タイムズ』紙において、「100年後にはアメリカに白人はいなくなる」と特集が組まれた。それは、アメリカにおける人種は、より融合が進み「人種差別」という概念が消失する……ある種、ユートピア的論調だった。

当時はアメリカの全人口に占める黒人の割合は、ヒスパニック、アジア系をおさえ人種的マイノリティ中トップの8%とされた。だが、米国勢調査によると2014年の時点で黒人は12.4%。ヒスパニックが17.4%を占め、人種的マイノリティの首位はヒスパニックにとって代わられている。白人は62.2%。しかし、同調査の予測によると2060年には、白人が43.6%、ヒスパニック28.6%、黒人が13%と、ニューヨーク・タイムズの予見通り、白人は過半数を割る。こうした背景、つまり白人がマイノリティ化するという現実は、むしろ白人労働者階級に、アレルギー反応として危機感を与え、それがあからさまな人種差別となって表面化している。

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日本国が単一人種で成り立っているという幻想を抱いている一部の日本人にとって、こうした背景を理解するのは一般的に難しいだろう。

スポーツニュースを眺めても、メディアは「日本初」「日本人初」という冠を与える記事を好む。そもそも読者がその形容に飛びつくからだろう。「アメリカ・ファースト」と連呼するトランプ大統領を批難する向きは多いが、日本さえ平和ならよいという「ジャパン・ファースト」は日本人のDNAに刷り込まれている。

■戦い続ける大坂に米誌が贈った栄誉

先日、米誌『スポーツ・イラストレーテッド』が、大坂を「スポーツパーソン・オブ・ザ・イヤー」のひとりに選出した。1954年の創刊以来、同誌が年間最優秀選手に贈り続けてきた同賞は、1987年を機に本職スポーツでの活躍はもちろん、社会的、人道的活動をもその対象に広げてきた。

今年大坂は、スーパーボウルを制し「Black Lives Matter」運動に積極的に関与したNFLカンザスシティ・チーフスのQBパトリック・マホームズら4人とともに選出された。

【テニス】大坂なおみ、米誌の「スポーツパーソン・オブ・ザ・イヤー」に選出 人種差別への“声”に高評価

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圧倒的にアメリカ人による受賞が多い中、これは全米オープン制覇と同様の快挙だが、既存メディアの多くは報道を見合わせているようにさえ思われる。それこそ「日本人初」の功績だが、各社とも人種問題には首をすくめている状況なのだろうか。

大坂は米『Vogue』誌1月号の表紙を飾り、さらに特集インタビューでは「Emmett Till(エメット・ティル)」の名前が描かれたマスクで登場している。1955年に起きたエメット・ティル殺害事件は、公民権運動の契機としても広く知られ、ボブ・ディランの歌にもなっている。

大坂は「たかが選手」として、まだまだこの問題と戦い続ける覚悟だろう。この「活躍」を称える日本のメディアが極めて少ない点に、多種多様なメディアで業務を積んできたひとりとして、居たたまれずここに一筆啓上した。

■アメリカは変わるのか 困難な道を歩む大坂なおみに贈る声援

CNN本社勤務時代、私はアトランタの空港にニューヨークから飛んで来た友人を迎えに出た。翌日、グレイハウンド(長距離バス会社)でモントゴメリーへ行きたいという彼のために、二人で空港のインフォメーション・デスクに顔を出した。私もアトランタに越して間もなく、バスターミナルさえ知らなかったからだ。

案内係は我々の顔を見るなり、こう言った。「お前たち、一緒なのか?」と。私はもちろんアジア人であり、彼は黒人だったからだろう。つまり肌の色が異なる人種が行動を共にする事実は、米南部においては21世紀の入り口という時代においても、奇異に映った証左でもある。

オバマ前大統領の誕生により、「アメリカも変わった」そう思い込んでいた。しかし、これだけ人種差別の証となる事件が積み重なると、アメリカという国は、そう簡単に変わることができないのかもしれない。

米国永住権を所持しながら、米国籍を取得する機会がありながら、私自身日本への帰国を選択した。その理由のひとつは、アジア人というマイノリティとして、アメリカで暮らし続ける過酷さに疲れてしまったからだったかもしれない。

アメリカ社会においてマイノリティの生きづらさを経験した者のひとりとして、より困難な道を行く「たかが選手」の活動に、陰ながら声援を贈り、その功績をあらためて讃えたい。もちろん、アメリカだけではなく、日本はいかがかという疑問も抱きつつ。

著者プロフィール

松永裕司●Stats Perform Vice President

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoft毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist

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