【野球】さようなら「本当のホームラン王」 ハンク・アーロン追悼

715本塁打を祝福されるハンク・アーロン(左は州知事時代のジミー・カーター ) (C)Getty Images

凡庸な昭和40年男にとってメジャーリーガーの名を挙げよと言われたら、それはベーブ・ルースルー・ゲーリックハンク・アーロンだった。

現在と異なり、昭和の野球少年にとってメジャーリーグは遠い海の向こうの出来事でしかなかった。ベーブ・ルース、ルー・ゲーリックはすでに伝説と化していたが、初めてバットを持つ姿を目撃したのは、ハンク・アーロンに間違いない。

■HR競争で王貞治を破ったアーロンのインパクト

小学3年生にとって1974年は、衝撃とも呼べる出来事が続いた。そのひとつが巨人のV逸。生まれてこの方、プロ野球では巨人しか優勝したことがなかった。それがついにこの年途切れた。次にミスター・プロ野球、長嶋茂雄の引退。そして、我らがホームラン王、王貞治がハンク・アーロンなる者とホームラン競争を行い、10対9で敗れた。

王はこのシーズンまで13年連続ホームラン王に輝き、昭和の野球少年にとって英雄だった。アンチ巨人は少なくないが、「アンチ王」にはなかなかお目にかからなかった。その王を破った選手として、アーロンの名は昭和40年男たちの記憶に刻み込まれた。

アーロンのインパクトは凄まじくこの年、日米野球に来日したのは、我らがニューヨーク・メッツであり、監督にヨギ・ベラ、投手にはトム・シーバー、挙げ句もっとも油の乗った時期のジョー・トーリ(後のヤンキースドジャース監督)がラインナップにいたことなど記憶されなかったほどだ。

74年、アーロンはルースが保持していたMLBの本塁打記録714本を更新したばかりで、シーズン後にはミルウォーキー・ブルワーズに移籍。ミーハーな少年はその後、王の通算ホームラン本数とアーロンのそれを追いかけることとなる。アーロンは晩年となった2シーズンで22本を上積みし引退。後楽園でのホームラン競争を知る日本の少年からすると、あれで晩年だったのかと驚きを禁じ得なかった。

アーロンが積み重ねた755本は、77年9月3日に王に抜かれたが、野球の質の違い、球場の広さなどを引き合いに出し、王の記録はMLBや米世論からは非常に冷淡に受け取られた。しかし、アーロン自身は大きくはない体躯でホームランを量産する日本のバッターを見て「王は素晴らしい打者」と称賛、卑下することもなかった。実際、王と親交を深め、少年野球振興などに共に取り組んでいたのは広く知られるところだ。

アーロン氏死去を受け、各スポーツ紙でも王氏とのこれまでの交流は大きく取り扱われた

■人種差別とも戦った、清廉かつ人格者としての姿

アーロンの姿勢は、イチローの日米通算安打数(4367安打はプロ野球における通算安打世界記録としてギネス記録に認定)について噛み付くピート・ローズの態度とは明らかに異なる。「オレのニグロ・リーグでのホームランも加えろ」などと発言したこともない。ローズのおかげで、アーロンの潔さはより印象付けられ、人格者であった点を悟ることになった。

この背景には、自身が人種差別と戦ってきた経験があるのだろう。少年時代、黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンとのふれあいから野球選手を志したアーロンも、ルースの記録に迫った際、殺人予告など嫌がらせや抗議の手紙を受け取った。こうした人種の壁に挑んだ経験が、野球賭博で永久追放されているローズとの違いを生んだのだろうか。

一方で、こうした清廉さからか、バリー・ボンズについては厳しい目を向けていた。MLB記録の755本塁打は2007年8月7日に、バリー・ボンズに破られる。現在、MLBの通算最多本塁打記録はボンズの762本。だが、これはステロイド使用によるものと議論され、今も賛否が別れる。ボンズはこの年、メジャー新記録となった756号を含む28本塁打を放ちながらも、サンフランシスコ・ジャイアンツから契約を打ち切られその後、契約する球団もなく、事実上引退に追い込まれた。アーロン自身、ボンズの記録には参考記録として「*」(注釈)をつけるべきと発言した。

■1999年には「ハンク・アーロン賞」も制定

1998年以前のシーズン最多本塁打記録は、ヤンキースのロジャー・マリスが1961年に樹立した61本。現在、73本の記録を持つボンズを筆頭に、マーク・マグワイアサミー・ソーサがこれ上回っているが、3人はステロイド疑惑の旗手でもある。それが故に、これだけの成績を残しながら3人とも野球殿堂入りを危ぶまれている。デレク・ジーターが資格取得初年度で殿堂入りを果たした、その評価と相反する形だ。

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アメリカでは、今もって正式なMLB記録はマリスとアーロンであるとの主張も多く、公式に議会に訴えが提出された例さえあるほど。「本当のホームラン王」はアーロン……と。清廉を貫き、人種差別をも戦い抜いたアーロンの呼称として確かに相応しい。

彼の名を知らぬ若いファンでも「ハンク・アーロン賞」はご存知だろう。アーロンの功績を讃え「ルース越え」から25年を記念し、リーグでもっと優れた打者に贈られる賞として1999年に制定された。2019年には大谷翔平の同僚として日本でも知られるマイク・トラウトも2度目の受賞に輝いた。この賞の制定こそが、彼の業績に対しての真の称賛と言えるだろう。投手にとってのサイ・ヤング賞、打者にとってのハンク・アーロン賞、選手にとって最高の栄誉だ。

昭和の野球少年にとって、またひとりのヒーローが天に召された。本当の「ホームラン王」として極東のいちファンとして敬いは止まない。

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。

著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。


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