【スポーツ回想録】日本人初・ポディウムの頂点へ 佐藤琢磨にかかる期待

フランスグランプリに挑む佐藤琢磨(2004年7月4日) (C)Getty Images

その日は、佐藤琢磨にとってシーズン開幕直前の多忙な1日だったに違いない。東京・赤坂のホテルニューオータニで詰め込みインタビュー、午後には同ホテルでホンダの公式記者会見、そして青山のホンダ本社に移動してはファンを集めたトークショー、そしてMSNも含めたメディアのインタビューが続く。レーサーという本業とは別のプロモーションに引きずり回される1日だった。

それでも琢磨は予定時間から遅れること10分、スタッフが待ち受ける16階のインタビュールームに元気よく姿を現した。この日のインタビュアー川井ちゃん(元F1レポーター川井一仁さん)とも快活に挨拶を交わす。身長163センチ、体重60キロ。多くのF1ドライバーがそうであるように、知らない者が街角ですれ違ったとしても、世界最高峰のスポーツアスリートとは気づかないような華奢な印象を受ける。

我々取材スタッフに与えられたインタビュー時間は、わずか10分。そのため川井ちゃんとは事前に入念な打ち合わせを行っている。その設問はどれもストレートで、受け手にとっては答えにくいものばかりだ。

しかし、琢磨は非常に巧みに質問に答える。川井ちゃんをして「これまででもっとも完成された日本人F1ドライバー」と言わしめるだけに、その受け答えの中から、佐藤琢磨が持つ「クレバーさ」をしっかりと感じ取ることができた。

職業柄、スポーツ選手にインタビューする機会は幾度となくあった。だが、10分間という限定された時間の中で、選りすぐられたストレートな設問に、調子付くこともなく、かといって挑発されることもなく、これほど簡潔にインタビューの骨子を押さえた回答を、自らの意志をしっかりと交えた上で、提供してみせた選手に会ったことはない。

BARホンダについて、オフシーズンに伝わってくるニュースは、どれを聞いても胸躍らんばかりのいい知らせばかりだ。そのニュースの中味について触れると、慎重に不安要素がないわけでないことを指摘し、またジェンソン・バトン(後に2009年のF1チャンピオンとなる)と自分の比較についても驕ることなく、かつ謙遜するわけでもなく自分の考えを伝える。自己表現力の高さという、周囲とのコミュニケーション能力を高く問われるF1ドライバーとして、間違いなく必要な資質を垣間見せる。午前中に先立って行われたバトンのインタビューでは、バトンが時差ぼけに苦しんでいたのであろうことを差し引いたとしても、こうした「切れ」は見られなかった。

■琢磨のキャリアタクティクスが自信に

 インタビューでは、佐藤琢磨の今シーズンに賭けるモチベーションの高さ、意気込みはひしひしと伝わってくる。昨シーズン、テストドライバーを務めていた佐藤のキャリアを周囲は「1年間のブランク」と消極的な見方をすることが多いように思える。もちろん、私もそう考えていた輩のひとりに過ぎない。しかし、現在のBARホンダでの佐藤のポジションを手に入れるためには、昨年の立ち位置が必要不可欠だったことは間違いない。ナンバー4を狙えるチームのセカンドドライバーではない現在のポジションを手に入れた琢磨は、自分で選択したF1キャリアについてのタクティクスの成功によって、さらに自信を深めていることが手に取るように感じられた。

インタビュールームでは、用意された小さなエヴィアンのボトルが彼のすぐ目の前に置かれていた。インタビューが始まるとインタビューショットの撮影の妨げになると考えたスタッフが、ボトルを琢磨の手元から30センチばかりのところに遠ざけた。暖かく乾燥した部屋で1日中缶詰にされ各メディアのインタビューに答え続ける琢磨は、もちろん喉の乾きを覚えたに違いない。インタビュー時間が5分ばかり過ぎた頃に、エヴィアンのボトルにチラッと目をやると、インタビューに回答中だというのに、周囲の人に「飲んでもかまわないか」ときちんとアイコンタクトをとってから、ボトルに手を伸ばす。そうして、一口水を含んでからキャップを閉じると、自らの手元から遠ざけ、撮影の邪魔にならない距離にボトルを置きなおした。

 スポーツ選手は、なにしろ「1番」の地位を争う職業だけに唯我独尊的な人間が多い。このあわただしい時間の中で、インタビューに集中しながらも、瑣末な出来事にまで神経が行き届くスポーツ選手を目の当たりするのは、私にとって驚きでもあった。

 もちろん、佐藤琢磨は英国F3チャンピオンというタイトルホルダーであり、マカオGPでも優勝を果たし、これまでの日本人ドライバーの誰よりもヨーロッパで成功を収めている。だが、この10分間のインタビューは、これまで日本人ドライバーが成し遂げられなかったF1での成功を、佐藤琢磨なら日本のモータースポーツファンにもたらしてくれるに違いないと確信させてくれた。

インタビュー後のエレベーターの中で、川井ちゃんと雑談、彼もまた同じような想いを抱いていることを知る。佐藤琢磨は、これまでの日本人ドライバーの成し得なかった勝利の喜びを我々にもたらしてくれる、そう想いを深めるのだった。

初戦オーストラリアGPは9位完走で惜しくもポイントを逃した。だが、琢磨の新しいシーズンはまだ始まったばかりだ。次戦はマレーシアGP、琢磨は我々の期待に応えうるレースを見せてくれるに違いない。

MSNスポーツ 2004年3月7日 掲載分に加筆・転載

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。

著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。


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