熱い高校野球が戻る日まで それでも球児は「夏」を目指す

2020年8月、センバツ出場予定だった32校が甲子園に集まり、各校1試合ずつの「甲子園交流試合」が行われた。入場が許されたのは保護者と学校関係者。ブラスバンド部の応援はなく、観客席から聞こえるのは拍手だけ。だから、ベンチからの選手の声、ボールをバットが弾く音がバックネット裏にある記者席までよく聞こえたものだ。

年が明けて、再び日本全国に緊急事態宣言が発出されたものの、3月19日から2年ぶりに高校野球の春のセンバツ大会が開催された。

■1万人の観客が入った甲子園が生む緊張感

アルプススタンドに入れるのは1校あたり1000人まで。それ以外の観客も1万人までに抑えられていた。録音で各校の応援曲が流され、甲子園らしい雰囲気の中で選手たちは戦うことができた。2019年までと比較すればさびしい限りだが、静かな球場での戦いしか経験できなかった選手にとって、1万人の観客が入った甲子園は十分にプレッシャーを感じさせるものだったらしい。

北海のエース・木村大成はプロ野球からも注目される好投手。大会初日に登場し、評判通りの力強い投球を見せた。神戸国際大付を相手に4回まで無安打無失点だったが、5回以降に11被安打。8三振を奪いながら、サヨナラ負けを喫した。大会後、「甲子園では、あの雰囲気に舞い上がり、序盤にギアを上げすぎた。(昨年)秋のように落ち着いて入ることと、後半の体力を夏への課題にしたい」と語った。

春のセンバツと夏の甲子園が開催されなかったことの影響について、プロ野球のあるスカウトはこう言う。

「2020年は、リストアップしている選手が本番に強いどうかを見ることができませんでした。大舞台でどんなプレイをするのか、スター性があるかどうかはプロではとても大切なことなので。それが残念でした」

大観衆が見守る球場、ヒリヒリする緊張感の中でこそ、スターは生まれるものだ。

■夏までの限られた日々で腕を磨く球児たち

そもそも、夏の甲子園と比べれば、センバツはそれほど盛り上がらない。冬の間は禁止される対外試合が解禁となってすぐの大会ということ、寒さのせいで投手戦が多いというのが原因だ。彼らにとっての本番は、3年生にとって「負けたら引退」となる夏の甲子園とその予選。

私は甲子園がなくなった2020年の高校野球を取材して『甲子園はもういらない……それぞれの甲子園』(主婦の友社)という書籍を書いた。東海大菅生が優勝した西東京の独自大会を主に取材したのだが、球場で観戦できたのは、限られた保護者と学校関係者だけ。ブラスバンド部の応援もなく、歓声もどよめきもなかった。

そんななかで、「甲子園はもういらない」と私が思ったのは、西東京の独自大会準々決勝、佼成学園日大三(日本大学第三高等学校)の試合中だった。1点を争うしびれる展開の末、佼成学園がサヨナラ勝ちをおさめた。

勝利しても甲子園にたどりつくことはできない。両校の選手たちはもちろん、そのことはわかっていた。炎天下でボールを追った40人の選手たちの頭に「甲子園」はなかった。それでも、日大三の名将・小倉全由監督をして「両チームが全力を尽くして野球ができた」と言わしめるほどの熱戦だった。

甲子園がなくても、球児たちは頑張ることができる! 目の前の勝利に全力を尽くす選手たちのプレイは実に感動的だった。

いまだに新型コロナウイルスの収束は見えず、夏の甲子園とその予選が無事に開催されるかどうかは予断を許さない。しかし、夏の大会まで100日ほどしかないいま、球児たちは不安を抱えながら「そこ」を見据えて、腕を磨いている。

夏までの限られた日々、甲子園を目指して練習に打ち込んできた球児たちが完全燃焼できることを切に願う。

≪元永知宏 コラム一覧≫

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著者プロフィール

元永知宏●スポーツライター
1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て独立。

著書に『期待はずれのドラフト1位』『レギュラーになれないきみへ』(岩波ジュニア新書)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社+α文庫)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』『近鉄魂とはなんだったのか?』(集英社)、『プロ野球を選ばなかった怪物たち』『野球と暴力』(イースト・プレス)、『補欠のミカタ レギュラーになれなかった甲子園監督の言葉』(徳間書店)、『甲子園はもういらない……それぞれの甲子園』(主婦の友社)など。


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