木村花さんの自死から1年 アスリートを誹謗中傷から救え

 

木村花さんの自死から1年 アスリートを誹謗中傷から救え
木村花さん(C) Getty Images

ネット上における誹謗中傷がやまない。

Twitterなどを通じた誹謗中傷により、プロレスラーの木村花さんが自死に追い込まれてから一年が経った。

■木村花さんへの誹謗中傷と民事訴訟

この事件では、自責の念から自ら書き込み名乗り出た男性が「侮辱罪」で書類送検されたものの、実際に悪質な書き込みをした200に上るアカウントについては、Twitter社が情報開示を拒否、立件に至らなかったケースが大半であり、「未解決」と考えてもおかしくない。そうして1年が経ってしまった。つまり「侮辱罪」としては時効を迎えたことになる。しかも、これでは名乗り出た「正直者がバカを見る」現状が印象づけられたままだ。

一方、花さんの自死以降もさらにTwitterで誹謗中傷した男性については、花さんの母・木村響子さんが民事訴訟に打って出た。これも響子さんが実費によりTwitter社に開示請求訴訟をかけ、ようやく開示された情報をもとにした訴訟だった。その労苦が実り、男性には慰謝料を含む、129万2000円の支払い賠償命令が下った。この男性に至っては、それでも匿名を隠れ蓑に、出廷さえしないという卑劣さまで示した。

■今もあふれるアスリートへの誹謗中傷

それでも、こうした悪質な誹謗中傷はやまない。

ゴールデンウィークの最中、東海大学所属、サンロッカーズ渋谷でのプレー経験もある八村阿蓮選手の呟きと、NBAプレーヤーである兄・八村塁選手のそれに対する返信が話題となった。発信の主は、インスタグラムを使用、脈略もなく人種差別発言を書き込み、誹謗中傷を浴びせた。「たかひろ5025」という輩、横浜DeNAベイスターズのアイコンまで使用し、球団にとってもいい迷惑だろうが、フォロワー数などからしても、誹謗中傷のためにわざわざアカウントを取得したのかもしれない。


池江璃花子選手に対して発信された「五輪を辞退してください」「辞退しないなら人を死なせる覚悟を持て」なども、誹謗中傷として厳密に対処すべき社会問題だ。こうした意味のない悪意は世の中にあふれているという現実を受け止め、SNS企業は社会的責任を持って、対応にあたるべきだ。

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■SNS企業にも社会的責任がある

マイクロソフト在籍時代、ニュースの「コミュニティ・サイト」を運用した経験がある。もう20年前ではあるが、匿名による書き込みを認めていたため、事前に書き込みNGワードを定め、こうした誹謗中傷に当たる文言については書き込みができないシステムとした。その上でさらに、人の目でも書き込みを監視したものだ。

これだけAIが発達した2020年代において、資本力のあるSNS企業が、その技術を活用し、誹謗中傷をはじき出すなど造作もないだろう。その対応にも当たらず、情報開示に応じない社は、社会的責任を果たしておらず、誹謗中傷の発信者と同罪であり、糾弾されてしかるべきだ。

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東京・京橋にあるTwitterのオフィスを訪れると、無駄を省いた米外資らしい社風が見て取れる。そこには時として、マネタイズを最優先、しかしカスタマーケアなどマネタイズから遠い業務はきわめて優先順位が低い……そんな企業体質が見え隠れする。Twitterにとってユーザーはカスタマーではなく、客はあくまで広告出稿してくれる企業。「カスタマーサービス」の部署が存在するかどうかも怪しい。いちユーザーとして同社に問い合わせをかけ、ナシのつぶてという経験をした方もいらっしゃるだろう。こうした無情な対応に終始する巨大IT企業に対し、ここ日本においては企業責任を放棄できないという立法が必要ではないか。

もちろんTwitterに限った責任ではない。SNSや匿名により書き込みサービスを運用するIT企業は、こうした極端な「ヘイトクラム」を、あらかじめ「させない」点を責務とし、発見された際はすぐさまアカウントを停止する処置が求められてしかるべきだ。匿名アカウントゆえ、「いたちごっこ」かもしれない。しかし、SNSなどにより巨額の利益を得ている社会的責任ある会社組織として、それを許さない断固たる姿勢を見せなければならない。

■SNSでの誹謗中傷は、日本人の気質に由来?

悪意ある書き込みを目にする度に、こうした悪意の発信者は社会的に情報弱者であり、現実社会からは虐げられた、恵まれない人物と推察している。フォロワーなどもさした人数もかかえず、おそらく現実社会からも疎外され暮らしているのだろう。彼や彼女の意見に耳を傾けてくれる人物が実生活にはおらず、匿名のSNSで他人を傷つけるだけが、注目を浴びる唯一の手段だろう。八村兄弟に対する中傷も、現実社会で直接会ったとしたら、とうていこんなセリフを吐くことすらできない人物に違いない。しかし、だからと言って許される問題ではない。自身の痛みを受け止めつつ、しかし、それを他者への攻撃に転化しないよう、我々も常に自覚したいものだ。

Newsweekにこんな興味深い記事を見つけた。ネットにおける誹謗中傷が、「足の引っ張り合いが好き」というこんな日本人の気質、いわば心理的病巣に由来するものではないと願いたい。

◆日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大学などの研究で判明

■社会全体で誹謗中傷を防ぐ取り組みが必要

多様性」「ダイバーシティ」と最近、頓に耳にするようになったものの、言葉だけがひとり歩きしている感はいなめない。「ダイバーシティ」と記しながら、それが単純にジェンダーイシューのみを指す自治体のパンフなどを目にする。少々大仰な物言いながら、ダイバーシティの具現化のため、日本人として誇りと寛容を持って取り組みたい。少し話題はそれるが、その具現化のためには「帰化」を促進するのも一案と考える。

日本における人種差別はそもそも私には非常に奇妙に思われる。アメリカでのアジア人ヘイトクライムに見て取れるよう、欧米史観に覆われた世界では、むしろ主にモンゴロイドであるわれわれ日本人も人種差別の対象者である。人種差別的誹謗中傷に興じる輩には、ぜひ一度立ち止まって考えてもらいたい。

日本人はおうおうにして、「世界の中の日本」という多様性よりも「日本か、それ以外か」という二元論的世界観を抱いている場合が多い。自分は常にマジョリティであるという、狭い日本で培ったエゴが、自身がマイノリティに転じる想像を邪魔し、「日本人以外」という差別につながっている。広義においては、こうした世界観に陥らない、国際的柔軟性をもたせる教育も必要だ。

いずれにせよ、悪意に溢れた誹謗中傷の発信を放置することで、花さんを始めとする将来を嘱望されるアスリートが犠牲になる事件が、二度とあってはならない。もちろん、アスリートに限った話ではない。第2、第3の木村花さんを生まないためにも、立法府、各企業、教育現場、個々人による断固たる決意と行動を促したい。

昨日、後楽園ホールでは一周忌に合わせ「木村花メモリアルマッチ またね」が開催され、故人をしのびつつ熱戦を繰り広げた。

◆木村花メモリアルマッチ「またね。」

ここであらためて木村花さんのご冥福をお祈りしたい。

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著者プロフィール

松永裕司●Stats Perform Vice President

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoft毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist