【スポーツビジネスを読む】ラグビー新リーグで世界一のクラブを目指す 静岡ブルーレヴズ山谷拓志代表取締役社長 後編 経営者として常勝を支える理念とは……

会見後のフォトセッション 静岡ブルーレヴズ山谷拓志代表取締役社長(左から2番目) (C) 静岡ブルーレヴズ

静岡ブルーレヴズへの代表取締役就任が発表された際、そのシナリオの素晴らしさに感心させられた。端から眺めれば、栃木ブレックスを優勝へと導き、茨城ロボッツ再建に奔走、そのチームへのB1昇格を成し遂げ、これを契機に新ラグビー・リーグの名門チームへ……完璧な筋書きに「うーん」と唸りさえしたもの。チームの昇格を成し遂げてから、次のチャレンジへ……経営者として、あまりにも小気味いい。

しかし、山谷さんに訊ねると「そんなかっこいいシナリオを描いていたわけではありません」と意外な、そして正直な回答が投げ返された。

山谷拓志(やまや・たかし)

●静岡ブルーレヴズ代表取締役社長

1970年6月、東京都出身。慶応大学アメリカンフットボール部にて学生日本代表、バイスキャプテンを務める。93年4月、リクルート入社。営業職など歴任しつつ、リクルート・シーガルズの選手としても96、98年とライスボウル優勝。2005年に株式会社リンクアンドモチベーションに入社。07年に宇都宮ブレックス設立、代表取締役に就任。3年目に日本バスケットボールリーグを制覇。一般社団法人日本バスケットボールリーグ専務理事を経て、2014年から茨城ロボッツの経営再建に従事。21年にBリーグ2部準優勝を達成しBリーグ1部昇格を果たす。7月、ラグビー新リーグDiv1に参入が決定した「静岡ブルーレヴズ」代表取締役社長に。

◆【インタビュー前編】シーガルズで学んだ日本一の組織作り

■「プロ化に向けて社長を探している」、この一言でまたも転機が

ヤマハ発動機との縁は「リンクアンドモチベーション」時代に遡る。2005年頃、コンサルタントとしてヤマハ発動機ラグビー部を訪れた件が種になっている。当時、現役を引退、マネージャーに就任したばかり堀川隆延さんと会話を重ねる機会があった。堀川さんは19年から再び監督として指揮を取っている。

「ヤマハ発動機さんがラグビーの新しいリーグに参入するにあたり、独立した子会社を設立するとのことで、昨年(20年)11月に堀川監督と久々にお会いする機会がありました。当初は『プロチームの運営について、話を聞かせてほしい』という相談でした」。

自身はかつてお世話になった堀川さんの役に立てればと打ち合わせに足を運んだ。

「すると『実はプロ化に向けて社長を探しているんです』と言う話になりました。そうは言われても私自身、雇われ社長の身。最初は当然お断りをしましたが、それでも再度オファーがあり、あまりにも熱心だったので、適任の後任者が見つかればオファーをお受けしようと思うようになりました」。

ここでかつて京都大学アメリカンフットボール部元監督や滋賀レイクスターズ代表取締役COO兼GMだった西村大介さんと再会する機会があり、彼こそが適任だと思い、後任社長をオファーした。そして、今年3月、茨城ロボッツのオーナーでありグロービス経営大学院の学長である堀義人さんの了承を得て、ヤマハ発動機のオファーを受けることになった。

ヤマハ発動機ジュビロ歴代のユニフォームが展示(写真:編集部)

実はロボッツがB1昇格を決めたのは5月16日の出来事。つまり、昇格決定前からラグビー界への転進は決まっていたことになる。昇格の際、山谷さんはこんな公式コメントを残している。「2014年11月にロボッツの経営再建のために自分が社長に就任した時、責任感半分、不安半分で先は全く見えず、唯一の希望は『チームを無くさずに残しておけば、きっと将来何か良いことがあるかもしれない』でした。いまB1昇格という一つ目の目標を成し遂げ、本当にこのチームを残しておいてよかったと心から思っています」。

それでも再建に心骨を注いできたチームを去り、ラグビー界に身を投じる魅力とはなんだったのだろうか。

「ラグビーにもまた大きな可能性があります。実は世界的ラグビーのTOPクラブでも事業規模は40億円あたり。これをJリーグに照らし合わせると、J1の中堅クラブの規模です。そう考えると世界的にもまだまだ成長の余地がありますし、日本で40億円のクラブを作ることができれば『世界一のラグビー・クラブ』を作ることも可能です」。


この記事が気に入ったらフォローしよう

最新情報をお届けします