【スポーツ回顧録】バレンティーノ・ロッシ、涙の開幕戦勝利から占うシーズンの行方

バレンティーノ・ロッシ(2004年、後方はセテ・ジベルナウ)(C)Getty Images

勝利を挙げた後のウィニングランは、いつもにも増して印象的だった。

いつも派手なパフォーマンスで知られるバレンティーノ・ロッシがウィニングランの途中、突如コース脇にマシンを立てかけた時には「いったい何をしでかしてくれるんだろう」と期待さえした。だが、ロッシはおもむろにマシンの前に腰を降ろしバリアを背に寄りかかると、メルヘットをしたままバイザーも開けず、俯き、肩を振るわせ始めた。いつも陽気なイタリアンが涙していたのかは、想像する以外に術はないが、普段のロッシとはあまりにもかけはなれた姿に、25歳のチャンピオンの今オフの苦労がうかがい知れた。その一点について誰の目にも明らかだった。ロッシはひとしきり肩を震わせると立ち上がり、今度はYZR-M1のカウルの鼻先にキスをした。ヘルメット越しに。

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■大きな挑戦に挑んだロッシ

私は決してロッシの大ファンではない。日本人らしく判官びいきの私はつねにアンチ主流であり、今シーズンこそロッシを上回る才能を目の当たりにしたいと期待していた。そんな私でさえも、この日のレース運びとこのウィニングランは、ロッシを全面的に応援したいという気持ちを抱かせるに十分に劇的だった。

再びマシンにまたがった昨年度のチャンピオンは、いつものロッシに戻っていた。ウイリーを繰り返し、コース上でマシンを止めるとスロットルを開け、ブラックマークを嫌というほど残すホイールスピンを披露しながらすさまじい白煙を演出し、普段どおり喜びを爆発させ、ファンの声援を浴びた。

25歳にしてすでにGP史上に名を残すロッシが、3年連続でチャンピオンを獲得したホンダからヤマハへの移籍を発表した時、驚かなかった者はいなかった。なにしろヤマハは2003年、ただの1勝さえ挙げることができず、ヤマハのレース史のなかでも最悪のシーズンを送っていたのだ。各誌では「契約金問題だった」などさまざまな憶測が流れていたが、その移籍劇の裏側にあったのは「モチベーションの維持」だったと、ロッシは一貫して答えている。年間15勝を挙げたホンダC211Vという名マシンを降り、まったく勝利から見放されたヤマハM1をいちから開発する荒行は、チャンピオンにとっても大きな大きな挑戦だったのだ。レース後のロッシの姿を見て、それは確信に変わった。

■デジャブーのようなレース展開

この日のレースはスタートからポールポジションのロッシと3番グリッドのマックス・ビアッジの一騎打ちが繰り広げられ、セテ・ジベルノーが2人を追う序盤だった。昨年の移籍劇を知らずして、久々にレースレポートを読む者がいたとすれば「あ、またロッシのポール・トゥ・ウィンか」とさえ思わせるレース展開だったはずだ。

だが、「レース内容」は違った。先行逃げ切りを図ろうとするロッシに対し、追い上げるのはマックス・ビアッジ。そのビアッジは何度レース中のファステストラップを塗り替えたことだろう。そして、ビアッジが仕掛ける周回は再三再四同じ帰結を見せた。ファキサ・フリーウェイの外周部でビアッジがロッシを刺すと、インフィールドでロッシが逆転し、ラップリーダーとしては記録されるのはロッシだった。レース中盤まで同じ仕掛けを繰り返しても、ロッシをパスしきることができないビアッジは2位走行を続ける。

クライマックスは27周目。ビアッジがコース前半部でロッシを抜き去る、しかしロッシはそれまでにビアッジが仕掛けた周回と同様、しかししれまでよりも大胆にブレーキングを3車身ばかりも遅らせ、独特のスライド走法を発揮し、ビアッジを抜き返す。圧巻はさらに最終周回だった。ロッシのマシンのリアのスライドはそれまでによりもさらに大きくなる。まるで氷上を走るかのようにマシンはスライドする。だが、その見た目の危うさとは裏腹にロッシのマシンはするするとビアッジを引き離していくのだ。

セクションによっては両者が肉薄する場面もあった。だが、最終周でファステストラップをまたもたたき出したビアッジは、ついにロッシを捉え切ることなくチェッカーを受けた。ロッシとビアッジの差は、わずか0.21秒だった。

■刻まれる歴史と今シーズンの行方

ロッシは、ヤマハでのデビューウィンを飾るとともに、史上初の2メーカーにわたる2シーズン連続開幕勝利を達成。またバリー・シーンに次いで史上2人目となる4シーズン連続開幕勝利、ジャコモ・アゴスティーニを抜き史上最多の23戦連続表彰台を果たした。そして、記録ずくめのこの勝利は、ヤマハにとって実に2002年10月マレーシアGP以来の勝利だ。

ロッシはレース後、ウィニングランでの出来事について聞かれ「いつも以上に嬉しくて、その気持ちを味わうためにマシンを止めたのさ」と25歳のイタリア人にしてはやけに幼く見えるその顔に満面の笑みで答えた。そして「レースキャリアの中でベストのレースだった。みんなも驚いている。この気持ちを表現することはできない」と続けた。

果たしてロッシは4連覇を達成することができるのだろうか。その答えは、まだまだ濃い夜明け前の霧に隠され、一歩先さえも見えない。ただし、シーズン前のインタビューで、「今年、ヤマハで何勝できるか」と聞かれたロッシは「勝つのは難しいと思っている。特に前半はマシンの改良に尽くしたい」と慎重に言葉を結んでいただけに、第1戦での勝利は、ロッシ本人にとってもチャンピオンへの可能性を感じさせるには十分だったのではないか。

ビアッジ、ジベルノー、アレッサンドロ・バロス玉田誠コーリン・エドワーズニッキー・ヘイデンと6人のライダーを送り込んだホンダ。対するは、前年ホンダでエースかつチャンピオンだったヤマハのロッシ。すべてのカテゴリーを制覇し、MotoGPで3年連続チャンピオンとなったロッシにとって、今シーズンは新たな伝説の序章となるのか。目が離せない。

MSNスポーツ 2004年4月20日掲載分に加筆・転載

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。


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