「ヤクルト川端の妹」という看板を背負い続けた川端友紀 女子プロ野球から引退を決めたわけ

2019年1月20日、女子プロ野球チーム埼玉アストライアの川端友紀(かわばた・ゆき)選手の引退会見がさいたま市内のホテルで行われた。女子プロ野球界の記憶にも記録にも残るレジェンドである彼女は、何故引退を決意したのか? 引退後の進路は? 会見の様子をお伝えします。

出会いは10年前の京都…関係者を一目惚れさせたキャッチボール姿

撮影=戸嶋ルミ

引退会見には、川端選手本人のほか女子プロ野球リーグのスーパーバイザーである太田幸司氏(以下太田SV)も登壇。まず初めに太田SVが川端選手の功績と共に「馴れ初め」を次のように語った。

太田SV:10年前、2009年に行われた最初のトライアウトを行った時、一番に目についたのは彼女でした。今でも忘れません。京都のわかさスタジアム、一塁側ベンチの前でキャッチボールしているところを……

撮影=戸嶋ルミ

出会った瞬間のことを「目がハートになりましたよ」と情熱的に語った太田SV。当時、女子プロ野球リーグはエースの小西美加(現・京都フローラ)選手の後釜となるような投手を探しており、当時は投手も務めていた川端選手の姿に釘付けになったという。

太田SV:ところが大きく期待を裏切ったんです。投手で獲得したものの、ストライクは入らないし、投内連携も満足に出来ない。

太田SV:ソフトボールの社会人チーム出身なので硬式野球への対応も大変だったとは思いますが、これは厳しいということになって。2年目からは野手転向してもらいました。結果としては功を奏した形になったのかなと。この後にバッターとして偉大な成績を残したわけですからね。

太田SV:(引退については)本当に残念です。間違って現役復帰してくれないかな、なんて今でも言ってます。しかし、彼女が決断したことですから尊重してあげたい。今後は何らかの形で女子野球、女子プロ野球に関わりを持って欲しいですね。

続いて川端選手本人より、引退について以下のように挨拶が行われた。

撮影=戸嶋ルミ

“(前略)2018年シーズンをもちまして、引退することを決断いたしました。入団当時は“女子が野球をすること”自体驚かれる環境でしたが、9年で少しずつ女子の硬式野球部も増え、今では小学生の将来の夢に『女子プロ野球選手』がランクインするほど認知が広がったことを実感しています。

(女子野球の)認知拡大に9年間関われたということは、本当にいい経験で、成長させて頂きましたし、関われたことを本当に誇りに思います。今後は、一期生から一緒にやってきた選手たちを筆頭に、次代を担う後輩たちがより良い魅力のある女子野球リーグ・女子野球の世界を創ってくれると信じて引退を決断いたしました。

微力ながら、私も女子野球の発展に今後も関わっていければと思っておりますので、今後もご声援いただけますと嬉しいです。本日は本当にありがとうございました。”

“私はヤクルト川端の妹”メディアの紹介を逆に利用して認知度向上へ

MVPをはじめ首位打者、最多打点、最多出塁率、ゴールデングラブにベストナイン受賞など、数えきれないほどのタイトルを獲得し、リーグを代表する選手として活躍してきた川端選手。しかし、野球に情熱的に取り組むほど、世間での女子野球の認知度の差を辛く感じたという。

入団当初は川端選手ならではの悩みもあった。それは、兄である川端慎吾(東京ヤクルトスワローズ)選手の存在だ。トライアウトの時、兄のことは誰にも言わなかった。兄の力で女子プロ野球選手になったと思われたくなかったためだった。

偉大な功績を残した人の親族は、どうしても“◯◯二世”だったり“◯◯の弟・妹”という形容をされがちで、そしてその言葉は呪いのように選手自身にのしかかっていく。

どれだけ活躍すれども、メディアでの取り上げ方は“ヤクルト川端の妹”──最初は気負っていたそうだが、野手転向した2年目からは「むしろこれは注目してもらえるチャンスなのでは」と思うようになったという。

撮影=戸嶋ルミ

私は“ヤクルト川端の妹”で、それで自分自身や女子プロ野球が少しでも注目してもらえるならラッキーだ──全てを受け入れ、逆に利用してやったのだ。

この器の大きさ、そして兄を心から尊敬するこの姿勢こそ、川端友紀がたくさんの人から愛された理由ではないだろうか。ちなみに、9年間の現役生活で一番の思い出の球場は「明治神宮野球場」だったと明かした。理由はもちろん、尊敬する兄と同じ場所に立てたことだった。

2018年7月16日 明治神宮野球場にて 撮影=戸嶋ルミ

ファンの声援に支えられて歩み続けた9年間

今回の引退はファンにとって青天の霹靂だったが、本人は1〜2年くらい前からずっと考えていたことだったという。9年間ずっと全力で走り続けてきたため、身体と心の両方にかかる負荷が大きくなり過ぎて、次第に自分にとってのゴールを意識し始めたそうだ。そして、2018年シーズンは「最初からラストシーズンのつもりで臨んだ」とも告白した。

撮影=戸嶋ルミ

辛いことも苦しいこともあった9年間、プレーをし続けられたのは「どんな時もファンの皆さんのご声援と支えがあったから」と語った。引退するときに改めて、今まで応援してくれた方々の存在の大きさを再認識したという。

引退後の進路は明言しなかったが、本人は幾度となく「少し休みたい」旨の発言をしていたので、これは紛れもない本心なのだろうと思う。

撮影=戸嶋ルミ

以前、シーズン中に、「休日はどんなことをして過ごしているか」を伺ったことがあった。その時は、磯崎由加里(いそざき・ゆかり)選手と二人で美容について語ったりエステに行ったりと、“女子っぽいこと”をするのにハマっていると答えてくれた。引退後は、今まで出来なかったネイルアートを楽しんだりして羽を休めてほしい。

そしていつかまた、みんなの前にあの素敵な笑顔で現れてくれることを、いちファンとしても願っている。(写真・文 戸嶋ルミ)

プロフィール

<球歴>
市立和歌山商業高校(ソフト)ー塩野義製薬(ソフト)ードリームス(2010-2012)ーアストライア(2013-2018)

<タイトル>
角谷賞(MVP)(2013)、首位打者(2010,11,13)、最多打点(2013)、最高出塁率(2011,13,17)

ベストナイン:二塁手(2017)遊撃手(2011,13)
ゴールデングラブ賞:二塁手(2017)

埼玉アストライア公式サイト:https://www.jwbl.jp/astraia/player/detail/23より引用
(2019年1月24日アクセス)

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