世界最強クライマー、アダム・オンドラにとってのクライミング 「宝探しみたいなんだ」

2020年に初めて五輪正式種目となる「スポーツクライミング」。今大会では「スピード」「ボルダリング」「リード」の三種目が実施され、各順位の掛け算によって勝者が決まる。

日本でも楢崎智亜選手をはじめ、世界のトップで活躍する選手が多く、メダル獲得に大きな期待がかかる。初の正式種目としての歴史に名を刻むのは誰か。

チェコ出身のアダム・オンドラ選手は金メダル有力候補の一人。15歳で当時の世界最高難度ルートを登って天才少年と騒がれ、2017年には近代ロッククライミングの最難関と言われる<サイレンス>を制し、またまた世界記録を塗り替えた

そんな世界最強クライマーとも呼ばれる彼がクライミングを始めたのはごく当たり前の流れだった。

「両親がクライマーで、幼い頃からよく自然に連れて行ってもらい、一緒にクライミングをしていました。多分始めたのは3歳くらいなのであまり記憶はないんですけど、僕の姉もそうですし、周りが皆クライマーだったので、むしろ僕がクライミングをしなかったら皆がびっくりしたと思います(笑)物心ついたときにはもう(クライミングを)していました」

競技の最中の姿(彼はよく静寂の中でシャウトをする)とは違い、終始穏やかな笑顔でそう答えるアダム選手。実は5カ国語を喋るという一面もあり、理由を尋ねると、「ただ興味があったから。僕はクライミングで世界中に行くから皆と話したいしね」と笑った。

≪ヤハラリカ≫

プロを意識したきっかけ

アダム・オンドラ (c)RIKA YAHARA / kotobatoe Inc.

−いつ頃からプロクライマーを意識し始めたのですか?

「7歳くらいの時に初めて大会に出場して、良い順位だったのでカップをもらったんです。それで嬉しくて部屋の棚に飾ったら、もっとカップを集めたいなって思うようになって(笑)そこからクライミングに集中して、練習も熱心に取り組むようになりました。

あとはROCK STARSというクライマーの本を見て、そこには写真もいっぱいあったんですが、すごくかっこいいなと思ったし、色んなクライマーのプロフィールを見て、僕もなれるんじゃないかと。だから7歳くらいの時にはもうクライマーになりたいなと思っていましたね。

でも今、プロクライマーとして一生懸命トレーニングはしてますけど、クライミングを愛しているので、プロだからとかプロじゃないからとか関係なく自分が好きなクライミングを追求しているという感じです」

実は今回の五輪でのスポーツクライミングのフォーマット(三種目)には、アダム選手をはじめとする多くのクライマーが当初困惑を示した。あまりにもその競技性が違うからだ

本来、スピードはスピードの選手でリードは行ってこなかった。リードの選手も同様だ。三種目共に違う特徴がある。陸上で言えば、短距離走とハードルとマラソンを行うような……極端に言えばそんなイメージである。

しかし、アダム選手は最終的に東京2020大会を目指すことにした。「僕は挑戦することが好きだから」と。

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