【NFL】メルカリ初出稿も話題 スーパーボウルCMに見るアメリカのスポーツ視聴事情

 

【NFL】メルカリ初出稿も話題 スーパーボウルCMに見るアメリカのスポーツ視聴事情
メルカリはスーパーボウルに初めてCMを露出

スーパーボウルはアメリカそのものである。

これを理解するには、アメリカ居住経験がないと少々難しいのではないか。

アメリカに住み、アメリカ企業に務め、この日を迎えた際、それは如実に理解されるだろう。

マホームズ(左)とブレイディの新旧QB対決がスーパーボウルで実現 (C)Getty Images 

ゲーム翌日のオフィスでは、少なくとも午前中は、ほぼ仕事にならない。祭り後のため、そもそもオフを取る男性陣も多く、やむを得ず出社しているメンバーのほとんどが、そこかしこでスーパーボウルのレビュー談義に花を咲かせているからだ。月曜の朝に「スーパーボウル、観た?」と訊ねられ「いや」と応えようものならその日は、アメリカ社会から「分断」される。作家ジェイ・マキナニーも小説『ブライトライツ、ビッグシティ』の中で、その疎外感に言及している。

■スーパーボウルはアメリカの一大イベント

クリスマスハロウィーンは日本にすっかり定着したものの、アメリカにおけるスーパーボウルはそれらに並ぶ一大イベントだ。

もっともミサにも足を運ばぬくせに、やれ高級レストランでクリスマスディナーの予約をしただの、「Trick or Treat」もしないくせに、やれ仮装だけして渋谷・センター街を練り歩くなど、仏作って魂入れずという日本人の根性には大いに感心する……。

スポーツ業界でも昨今は「スポーツビジネス」「スポーツマーケティング」と言葉だけがひとり歩きしているものの、スーパーボウルを知らずして、それらを語るのも、また片腹痛しだ。

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アメリカ社会がケーブルテレビの時代を通り過ぎ、OTTが一般的になった現在でも、スーパーボウルの視聴率は40%を下らず、CM価格もうなぎのぼり。2002年に230万ドルだった30 秒CMは2009年には310万ドル、2021年には560万ドル(5億9000万円弱)と、ほぼ倍となった。

◆スーパーボウル30秒CM価格の推移

通常アメリカ30秒CM枠は1000万円前後とされ、4年に一度しかない五輪の開会式でも2000年のシドニーで275万ドル、2004年のアテネが340万ドル、2008年北京が320万ドル、2012年ロンドンが350万ドルと比較するとスーパーボウルCMの高騰ぶりが理解できるだろう。

日本と比較すると、アメリカではスポーツLIVE中継に価値向上が見られる点も大きい。VOD、OTT、録画機能などの登場により、オンタイムでTV視聴するライフスタイルは変革。オンタイムで視聴しなければCMはスキップし放題ながら、LIVEにこそ価値がおかれるスポーツ中継においては、スキップ不能という付加価値がCMに残る。

特にスーパーボウルについては、その中継番組のためだけに、わざわざ各社ともオリジナルCMを制作、その出来栄えはコンペさながらに批評される。かつては『ウォールストリート・ジャーナル』紙の一面さえもが、CMの優劣を評価したもの。

それだけの影響力を誇るだけに、昨今ではその出来不出来のみならず社会的メッセージ性までもがその評価対象とされる。

かつてのようにチープなカエルが鳴くだけ……、そしてマッチョな(はずの)男たちが「whazzzzzup!」とビールを飲みながらベロを出し騒げば、話題をさらえた……、残念ながらそんな時代は終わった。

大仰に表現すれば全米世帯の半分が視聴するであろうCMに社会的影響力を想定しないほうがむしろ不自然。よって今日の各社クリエイティブには、社会的メッセージが含まれると捉えられている。

■各企業の社会的メッセージは……

新型コロナウイルスの世界的なパンデミックを受け、37年に渡りCMの常連だったバドワイザーは、第55回スーパーボウルへの出稿を取りやめると発表した。

バドワイザーは、この広告出稿費用をワクチン接種啓蒙のために、振り分けるとしており、ONLINEではその啓蒙CMを1月25日に公開済。1200万回再生されている。こうしてCMをオンエアしないという選択肢を取る戦略で十二分に企業アンデンティティの流布に繋がり、また一方では「バドライト」のCMは残す点に、したたかなマーケティング戦略に感心するばかりだ。

GM(ゼネラルモーターズ)は人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』でもお馴染みのウィル・フェレルを起用、馬鹿らしくもしかしコミカルな演出で同社のEVをフィーチャー、将来的なゼロ・エミッションのポリシーを全面に押し出している。

日本でもカーナビを含め、なぜかAIは女性の音声で応えるのが通例となっているが、このジェンダー問題に着目したのか、Amazonは「アレクサ」のペルソナに「もっともセクシーな俳優」とされるマイケル・B・ジョーダンを起用。コミカルに仕立てつつ、一石を投じる形となった。

日本では今年、メルカリが初めてスーパーボウルへCM出稿、話題となっている。「メルカリ」という日本語と異なり、アメリカでは「マールカリ」と発音されるのだと初めて知った。そのメッセージは「不必要になった品に新しい人生を」と見て取れ、全般的にアメリカでも好意的に受け取られているようだ。

しかし、日本の例を振り返ってみれば、企業の思惑とは別に、転売屋の温床となっている点は明らかで人間の物欲を刺激し、マテリアリスティックな世の中の促進を後押ししているのではないか…。「出稿しない」など社会的に強い意志を感じさせる他社と比較するとメッセージ性に欠ける気がする。

◆山中亮平、サイン転売に粋な“反撃”「メルカリで買うより、ちょっぴりお得です」

もちろん「物欲を刺激しない」CMなど、存在意義の否定に過ぎないのだろう。

それでも、その時々で流行りのタレントを起用しては、商品名を連呼するだけ……という時代遅れとなった日本のTV CMを眺めるよりも、よほど考えさせられ、その考えさせられる分だけ、すぐれたマーケティング手法だと受け取るべきだろう。

アメリカかぶれを自認する私ではあるが、アメリカのすべてが優れているなどと礼賛するつもりは毛頭ない。今回のアメリカ大統領選を眺めれば、米民主主義がいかに脆いかを思い知り、人種差別問題の無限ループを失望し、マスク不要と固辞する愚かさにもゲンナリする。しかし、それでも揺り戻しにより、有色人種である女性が副大統領に就任し、改めて多様性を受け入れ、中庸を進もうとするとアメリカという国の懐の深さには感心せざるをえない。

国は感染防止対策にはGO TOを導入、医療関係者と国民の自助努力のみに依存する無策ぶり、一国の首相が有事には「生活保護がある」と豪語し、元首相であり五輪組織委員会会長が堂々と女性蔑視発言を繰り返し、それでも何一つ是正されることのない国に住む者としては、一大祭りであるスーパーボウルでも観ながら、憂さ晴らしとするしかないのだろうかと考え込むばかり。

日本では毎年、必ず月曜日の午前中に開催されるだけにスーパーボウルをLIVE視聴する方も稀であろうが、YouTubeで話題のCMでもチェックしつつ、スポーツビジネスの日米差異にでも思いを馳せてもらいたい。

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。

著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。