「マニアック」になれることを探して…南谷真鈴がレッテル貼りを好まない理由【#2】

「南谷真鈴」。日本人最年少で世界7大陸最高峰を制覇。「エクスプローラーズ・グランドスラム」達成の世界最年少記録を樹立。並の記録ではない。

登山のためのトレーニングや、資金ゼロからのスポンサー探し。ここまで挑戦し続けることができた要因はなんだったのだろうか。(聞き手、撮影は大日方航)

【#1】はこちら⇒日本人最年少で世界7大陸最高峰を制覇した南谷真鈴、まだ登りかけの山がある?

人の言うことばかり聞いていると、自分が小さくなってしまう

「…粘り、ですかね」

数秒の沈黙の後、南谷さんが絞り出したのはシンプルな言葉だった。しかし、えてして単純な言葉というのはその言葉を発する人によって重さを変える。

南谷さんの口から出たこの言葉は、使い古されているはずなのに確かに新鮮さがあった。

続けて南谷さんが語ったのは、その「粘り」の根源となったあるエピソードだった。

既に7大陸最高峰を制覇した初対面のある日本人男性から、約2時間もの間「絶対に君なんかのような小娘にできるわけがない」と言われ続けたことがあったという。

「君なんか、君なんか、と言われ続けて…。これはちょっと違うな、と私の中の正義感が働いたというか。これはなんとかしてでも『私でもできる』ということを証明しておかないと生きていく上で何もできなくなると思ったんです

「ここでこの人に何か言われて『わかった、じゃあやらない』みたいになるんだったら…。この先色々なことを言ってくる人は絶対にいて、毎回『そうだな、そうだな』と聞いていては、自分がどんどん小さくなっていってしまう、とその時思ったんです。逆にこんなに言われるのだったら、それだけのエネルギーで返して頑張ろうと思いました

反骨心。この出来事から南谷さんが抱いた感情は、おそらくそれだろう。しかしながら、常に反骨心を持っていたかと聞かれれば、それは「時と場合にもよる」と南谷さんは振り返る。

「当時は高校生で、卒業も間近で、なんかこう、エゴが全面に出てきている、エゴが噴火する時期だったというか。誰もが17~18歳の時には反骨精神を持っていて、私にはそれがいいタイミングで現れたのかなと思います」

「その時は、自分に示したいというのもあったんですよね。登山家の服部文祥(ぶんしょう)さんが『恐怖に打ち克って、目標を成し遂げることで、自分が自分の思うような格好いい存在である、と確認したくて、鍛錬し、用意し、山に向かう』と書いていますが、確かに私も当時はそういう思いもあったかもしれません」

「職業」を、選ぶ瞬間はあるのか。

好奇心の塊。南谷さんを表す言葉としては、かなり適切な表現だろう。ピアノ、バイオリン、乗馬、サーフィン、ドラム、油絵、水彩画、陶芸、バレエ。様々な習い事などを幼少期から経験してきた。

「色々な分野に興味が湧いてしまうので、何が一番好きで、何を職業にして生きていきたいのかを探るためにも色々と手を出している気がします」

職業を選択することを念頭に置いているからこそ、それまでに色々経験しておこうと思った、という至極真っ当な答えが返ってきた。

この発想が、現時点で「登山家」や「冒険家」などのステレオタイプなレッテルを貼られることを好まない理由の一つだろう。

「では、最終的には挑戦を何か一つに絞るということですか?」と聞くと、南谷さんは「(職業を選ぶという瞬間が)あるのかな、と思っていたんですけれど、最近もしかしたらないのかもしれないと思ってきました」と、本人としてもいまだ定まっていないことを明かす。

 

Maniac」になるために

山で学んだことの一つは、『人っていつ死ぬかわからない』ということです。(最期を迎える瞬間は)明日、明後日、ひょっとしたら今日かもしれない。最終的にはどれだけ笑って過ごせたか。どれだけ自分が好きなことができて、そしてその分野のことを読んだり書いたりすることができる人生を過ごせたか、というところになると思うんです」

「一生登山に取り組んで、マニアックに生きている人は本当に幸せだと思います。逆に言うと、私はまだそういうの(人生を懸けて取り組めること)がないから。色々なことをやってみていますが、もしかしたら色々なことをやるのが私の運命なのかもしれない、とさえ最近は思い始めてきました」

『マニアック(Maniac)』。英語ではややネガティブな意味合いで使われることもあるこの単語だが、南谷さんはポジティブな文脈で使用しているように思えた。

南谷さんは、自身を『Maniac』と定義することはしない。

世界の名峰に挑む登山家らに迫ったドキュメンタリー『クレイジー・フォー・マウンテン』に関するトークショーが5月28日に行われ、南谷さんは同映画の監督であるジェニファー・ピードンさんと英語で意見を交わしあったが、その際自分のことを語るときも、「Maniac」ではない自分、という意味合いでこの言葉を使用していた。

人生を懸けて何かに取り組める人、つまるは「Maniac」になれる道を探している半ば、だということだろうか。しかしながら、もはやその「Maniac」になるための方法を探している南谷さんのその姿こそが、逆説的だが私には既に輝く「Maniac」に見えた。

【#3】【#4】に続く

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《大日方 航》