【スポーツ回顧録】ラリー・ジャパン日本初開催、日常に轟き降りた非日常の衝撃的走り

第1回 ラリージャパンを制したペター・ソルベルグ(右)とコ・ドライバーのフィル・ミルズ(左) (C)Getty Images

■「ようこそ、世界最高峰の走りへ」

まさに鮮烈だった。

MSNスポーツ取材班は2004年9月、日本初開催となったラリージャパン開幕の前日、とかち帯広空港(当時)に降り立った。

我々はラリー関係者やら観光客やらでごったがえす空港のロビーを出て、手配していたレンタカーにカメラ機材など荷物を放り込み、帯広市内に向けてアコードを走らせていた。

新企画やら取材やらが問題山積の東京を逃げ出し、たどり着いた十勝の平野では、真っ青な空が我々を迎えてくれた。なにしろ初めての土地。帯広市内への道のりをレンタカー屋の店員さんに訊ねたところ、「だいたいまっすぐ行けば着きますよ」と東京モンには信じられないような案内をもらい、半信半疑のままステアリングを握っていた。

国道236号を北に向け、文字通りまっすぐ走る。これまでの人生で、そう何度もお目にかかったことがない、のどかな田園風景が続く。途中の道路標識により、元「幸福駅」が国道の脇に位置していると判る。「そうか、幸福駅、愛国駅で有名なあの土地へ来たんだなあ」。気分は「思えば遠くへ来たもんだ」とばかりに、ますますのんびりしてくる。

あまりののどかさに、自分が何のために帯広にやってきたのかほとんど忘れかけた時だった。国道の左手から真っ赤な派手なクルマが高速で迫って来ることに気付いた。スポンサー名が貼り付けられ、立派なスポイラーが目立つクルマだ。おお、そうだった。我々は日本で初めて開催される世界ラリー選手権(WRC)「ラリー・ジャパン」取材のため帯広まで来たのだ。

「さすが、初めて日本でWRCが開催されるだけあって、レプリカマシンも随分と気合が入っているな…」と一瞬思った。

間違いだった。

国道の左手から行く手に入って来たそのシトロエンは、前のクルマとのわずかな車間に、つまり我々の目の前に躊躇なく飛び込み、エンジン音をさらに大きく轟かせた。

ゼッケン3、Loeb…。

セバスチャン・ローブ…。「げ、ホ・ン・モ・ノ、だ」。

取材班のボルテージは一気に上がる。我々はすでにWRCのサービスパークが位置する北愛国に近づきつつあったのだ。

そしてステアリングを握る私は、さらに息を呑んだ。ルームミラーに鮮やかなブルーのスバルが映った。

ゼッケン1、Solberg…。チャンピオン・ナンバーのペター・ソルベルグ…。

我々は、WRCの今年のポイントリーダーと昨年のチャンピオンに挟まれて走っているのだ。

助手席のスタッフが「あっ」と声に挙げた瞬間、スバルは一気に加速し、我々のアコードの前に躍り出た。そして、レッドとブルーのマシンは、さらに爆発的な加速で他の乗用車群を置き去りにして行く。

鮮烈なWRCカー体験、誰がこんな形での遭遇を予想しただろうか…。

興奮冷めやらぬ我々は、その先の交差点で信号待ちをしていた2台に再び遭遇する。

「せっかくだから、どこまで行くのか、ちょっと後についていってみましょう」。

誰からともなく、そんな目論見がついて出た。だが、もちろん、そんな我々の試みは徒労に終わる。信号がグリーンになったが最後、2台はぐんぐんとその姿を小さくし、とてもベタブミのアコードでは追いきれない彼方に消え去っていった。

レンタカー屋の店員さんの忠告を無視し、右も左もわからずWRCカーについて来てしまい、ナビも地図も持たない我々は、帯広で迷子になっていることに初めて気付くのだった。

WRCカーは我々も知る一般道を飛ぶように駆け抜けて行く (C)Getty Images

モータースポーツというカテゴリーに片足くらいは突っ込んだ経験がある。鈴鹿のヘアピンでこけ、左手にひびを入れた若気の至りについては、年を重ねてしまった昨今の自慢話でさえある。鈴鹿の8耐WGPF1と国内レースのみならず、それらに加えインディCARTシリーズ…世界最高峰と言われるモータースポーツは、ずいぶんとこの目にしてきた。

だが、これほどまでにヴィヴィッドな鮮烈を与えられたのは初めてだ。

今回の取材前、ベテランのカメラマンがこう語っていた。「WRCは日常と非日常の融合だ」。

大方のレースは公道を使用しようとも、あくまでクローズドされた、一般のクルマは走行しないサーキットの中を走り抜ける。しかし、WRCカーは我々も知る一般道を飛ぶように駆け抜けて行く。

この日、我々が体験したのは、日常の中に現れた非日常だった。ティモ・サロネンユハ・カンクネンアリ・バタネンカルロス・サインツ(現F1ドライバーはそのジュニア)、ディディエ・オリオール…ずっと画面の中で感嘆することしかできなかった走りが、たった今、国道を疾風にようにかけて行った。

その夜、行われたセレモニアル・スタートの直前、帯広市の中心では公道を閉じ各ドライバーのサイン会が行われた。私は、撮影のためにその会場を右へ左へと走り回っていた。すると、そこにサイン会を切り上げたソルベルグが海外テレビクルーに囲まれ、歩いてきた。私は思わず「頑張ってください」と声をかけ右手を差し出す。彼は満面の笑みで、握手を返してくれた。

「ようこそ、世界最高峰の走りへ」。

ソルベルグを始めとするWRCドライバーたちは翌日から、その衝撃の走りを3日間に渡って存分に披露するのだった。

MSNスポーツ 2004年9月19日掲載分に加筆・転載

著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。

著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。

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