【北京五輪】開会式で気づかされた「日本」の凋落 ニッポンは「オワコン」となるのか

 

【北京五輪】開会式で気づかされた「日本」の凋落 ニッポンは「オワコン」となるのか
北京五輪の開会式で大きなオリンピックリングのロゴと大きな雪の結晶を披露(C)Getty Images

■「クール・ジャパン」の思い上がり……

あらためて日本選手団のユニフォームを眺めると、確かに1964年の東京五輪から何ひとつ進歩していないように思われる。日の丸をモチーフにしたのであろう、上は赤、下は白……そして、黒いマスクを含め、何の創意工夫もない。一部の身内の感想かもしれないと高をくくっていると、スポーツ紙などにも著名デザイナーによる批判が掲載されていた。

北京五輪の開会式に参加した日本選手団(C)Getty Images

こうした選手団のユニフォームは、スポンサーが担当すると決まっている。

今回は、「デサント」が手掛けたものだが、巨額のスポンサー料を支払ってまで、こんな不評を買うようでは、企業として大きな戦略ミスとしか形容のしようがない。逆に「ルルレモン」によるカナダ選手団のユニなどは、スポーツ紙でも好評で、東京五輪に引き続き今回も民族衣装をモチーフにしたプレゼンテーションで印象的だったカザフスタン選手団は、ネットでも話題をさらった。こうした各国のデザインや機能性豊かなユニフォームと比べ、日本のそれは昭和において思考停止したと思われても仕方がないレベルだ。ただし、このユニフォーム対決に関しては、中国選手団もどっこいどっこいで、ファッション対決については「痛み分け」と見ていいだろう。

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五輪のような国際的大イベントにおける演出の貧相さや、世界に向けてのハレの舞台でプレゼンテーションに用いられたユニフォーム・デザインのセンスの欠落により、懸念されるのは日本のオワコンぶりだ。こうしたクオリティの低い代物を世界に見せつけるにあたり、露出にストップをかける抑制力の欠落という点は何よりも病巣が深い。

クール・ジャパン」などと思い上がっている間に、日本のクリエイティブやプロダクトは世界で通用しなくなっているのだろうか。失われた20年もしくは30年とも言われる時代の潮流を無視し、テレビのバラエティ番組などでは「日本のここがすごい」と発信する。日本が「グローバル・スタンダード」から置き去りにされているにもかかわらず、「オワコンの代表」とも揶揄されるテレビがそれを助長している(局関係者には先んじて、謝罪しておく)。

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新型コロナ・ウイルス以前の2016年、訪日観光客が年間2000万人を越えた。この際「海外の人たちが日本の素晴らしさに気づいた」という論調さえあったが、甚だしい誤解だ。中国、ロシアなどの世界の経済が成長し続けた時代に、日本はデフレスパイラルを抜け出せないまま、貧乏国に転落したに過ぎない。つまり、日本は「安い国」になったがゆえに、各国から観光に足を運びやすくなったのだ。日本の観光業界の努力でもなんでもない。30年ほど前、アメリカの物価は低く、日本人がこぞってニューヨークのアウトレットにショッピングに出かけたものだが、それと同じように中国人が銀座に押しかけただけのこと。

そもそもこの20年間で急成長、日本経済を置き去りにしGDPでアメリカに次ぐ2位となった中国が国威を誇るために作り上げた北京五輪の開会式と、新卒の平均年収が300万円程度にまで落ち込んだ貧乏国・日本が主催した東京五輪の開会式とを比較、論じることが間違っているのかもしれない。

このまま日本経済だけではなく、日本のコンテンツやソフトウェアも世界では太刀打ちできなくなってしまうのか。「ニッポン」はもはや「オワコン」なのか。そんな不安が、ざわざわと頭をもたげて来る、そんな北京五輪開会式の完成度だった。

最後にYahoo!ニュースのコメント欄を引用する。「残念ながら日本は足元にも及ばない時代おくれの、金だけ莫大にかけた開会式だった。中国は好きではないけれどこれからの世界をリードするクールな国として存在感はますます大きくなるような気がした」。これには1万程度の「いいね」がつけられていた。

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著者プロフィール

松永裕司●Stats Perform Vice President

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoft毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist

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