■大舞台の真の支配者は……
メダルを獲った3人の滑りはもちろん素晴らしかった。特に銀メダルの鍵山優真の成長は目を見張るものがあり、宇野昌磨もさらにディテールの表現に磨きがかかり、優美ささえ湛えたものとなっていた。そして、すべてのジャンプをハイレベルでかつ手堅くまとめてきたネイサン・チャンの勝負強さも、さすがだという他はない。
だが、最も聴衆の心に残ったのは、やはり羽生の演技とその背景にあるストーリーだったのではないだろうか……。結果に反して歴史に残り、人々の語り草となってゆく滑り。つまり、この北京五輪フィギュア男子という大舞台の真の支配者は、実は羽生結弦であったという気がしてならない。
オリンピックが開催される度に、長年言われてきた「オリンピックには魔物が棲む」という常套句(トップ選手に思いがけないミスが出てしまうというジンクスのようなもの)も、今回の羽生の得難き挑戦に対しては安易に使ってはいけない言葉ではないかと感じさせるほど、尊い闘いであった。極めて優れた選手が、すべてを掛け限界まで努力し、未踏の境地を切り開かんと闘う姿を見たこと。闘いに敗れても、その姿は強く人々の心を動かし、美しく胸に残ったという真実。ただそれだけで、何事にも代えがたい価値がある。そして、「オリンピックの魔物」云々ではなく、このような意義深いドラマが、オリンピックを舞台に巻き起こることこそが、この“スポーツの祭典”の醍醐味ではないだろうか。
■レガシーは燦然と輝き続ける
フリープログラム「天と地と」の最後、羽生は両手を上に伸ばしたフィニッシュポーズのまま数秒、天を仰いだ。そして剣を鞘に戻す動きを見せた後、リンクを出る前に氷に一瞬顔を寄せた。これまでも、演技後にリンクを労わるかのように手で触れる動作を見せることはあったが、今回は、さらに顔を寄せることで、リンクへ愛と感謝を伝えている姿が見て取れた。それについてもインタビューで、「もちろん悔しかったし、自分が考え得るすべてをやってきたと思っているので『報われねえな』と思いながら今日までやってきましたけれど、最終的にはやっぱり、ありがとうと思いながら、ここまで跳ばしてくれてありがとうと思いながら、(リンクを)感じていました」と語っている。
氷上で、素晴らしい演技で我々に共に夢を魅せてくれるだけでなく、各選手が確実な進化を遂げながら鎬を削る闘いを見ることが出来るフィギュアスケートは、冬季オリンピックの華である。その中で、不屈の闘志と驚異のメンタルを感じさせてくれた今回の羽生の闘いは、実に見応えのあるものだったが、それだけでなく、この五輪で彼がやりとげた挑戦を見届けた人々は、大いなるものに挑む者の気概や、勇気というもののエッセンスを、少なからず受け取ったはずだ。ショートもフリーも、映像を何度見ても飽きることがなく、そこから、生きることそのものへの意味のようなものさえ、感じることが出来る気がするのだ。
インタビューの最後で、オリンピック後4回転アクセルへの挑戦を続けていくかは、すべてを出し切った今、少し考える時間が必要だと応えていた羽生選手。だが、どんな展開になっていこうとも、彼がたどってきた道のりと実績はゆるぎなく、そのレガシーは燦然と輝いている。
闘いが終わり、しばらく羽を休めた彼が、今後どのような形で再び始動してゆくのか。見守ることしか出来ないが、愛と敬意を込めて心待ちにしたい。
◆羽生結弦は合計283.21点で4位 金メダルはネイサン・チェン、銀は鍵山優真、銅は宇野昌磨
◆羽生結弦、今後は明言せず「ちょっと考えたいです」「僕なりの4回転半できた」【一問一答】
◆興奮と陶酔を生んだ羽生結弦の“闘い” 4回転半に挑み、アリーナを震わす王者の凄味
著者プロフィール
Naomi Ogawa Ross●クリエイティブ・ディレクター、ライター
『CREA Traveller』『週刊文春』のファッション&ライフスタイル・ディレクター、『文學界』の文藝編集者など、長年多岐に亘る雑誌メディア業に従事。宮古島ハイビスカス産業や再生可能エネルギー業界のクリエイティブ・ディレクターとしても活躍中。齢3歳で、松竹で歌舞伎プロデューサーをしていた亡父の導きのもと尾上流家元に日舞を習い始めた時からサルサに嵌る現在まで、心の本業はダンサー。










