【フィギュア】興奮と陶酔を生んだ羽生結弦の“闘い” 4回転半に挑み、アリーナを震わす王者の凄味

羽生結弦(C)Getty Images

感極まったような琵琶の音色が響き、両手を思い切り天に伸ばした羽生結弦がフリーの演技を締めくくると、さいたまスーパーアリーナの観客は総立ちとなり、まるで全員が羽生の応援団と見まごうほどに“羽生フラッグ”がそこかしこに掲げられた。羽生はその後、伸ばした手を戻し、剣を鞘に収めるような仕草を見せ、いつも通り四方向の観客へ向けて丁寧な挨拶を行った。ショートプログラム(SP)でも首位を守っていた羽生のフリー(FS)のスコアは211.05。総合スコア322.36で2位の宇野昌磨の295.82を大きく引き離し、圧巻の優勝を飾った。

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■「武神・羽生結弦の闘い」における興奮と陶酔

今シーズン、羽生が選んだ楽曲「天と地と」は、ご存知の方も多いと思うが、武将・上杉謙信を描いた海音寺潮五郎の小説を題材としており、和楽器である琵琶や琴の音色が印象強く使われた、武士の闘いの場面を想起させるメロディだ。軍神とも武神とも呼ばれた上杉謙信を、海音寺は「彼ほど闘いに対し興奮と陶酔のあった者はいない」と著しているが、フリー演技のためにリンクの中央に進む羽生は、炎の中でも最も温度が高いと言われる、青い炎に包まれているかのような凄みを帯び、いままでに見たことのないような凄まじい気迫に満ちていた。まるで、武神・上杉謙信が氷上に舞い降り、羽生と共に闘おうとしているかのようでもあった。

そして、その気迫はまぎれもなく、今大会に向けて宣言していた、前人未到の4回転アクセル(4回転半)への挑戦にかけたものだ。だが、秋のNHK杯前に右足首の負傷が発表されていたこともあり、見守る側は穏やかではない。心配のあまり気が気ではなかったファンも多かったに違いない。

しかし、「天と地と」の音楽と共に演技が始まると、滑り出しから、明らかに空間への切り込み方が抜きんでて潔く美しいと感じさせる羽生のスタイルはいつにも増して鋭く、時折見せる、剣を確かめるような仕草も相まって「武神・羽生結弦の闘い」における興奮と陶酔、怪我をおしても出場した彼の決意が、強く胸に迫ってくる。

そして、軸を確かめるような穏やかなスケーティングから最初に跳んだジャンプは、素晴らしい高さの跳躍と、研ぎ澄まされた細い軸による、宣言したとおりの4回転アクセルだった。着氷が両足となり、また若干の回転不足でダウングレードにはなったが、それは、誰が見ても“今まで見たことのない何か”が確かに行われたと感じさせる迫力に満ちたものだった。その後は、伸びやかに4回転サルコウ、3回転アクセル等をこなし、足換えのシットスピン、コンビスピンでも空間を美しく切り裂きながら、クライマックスの琵琶の音色と共にフィニッシュ。天を仰ぎ、“氷上の武神”は静かに剣を収めた。

■次なる“闘い”は3連覇がかかる北京五輪

北京五輪の選考会も兼ねていた全日本選手権。通算6度目の優勝を果たした羽生は、もちろん正式に代表に選ばれた。

フリー演技後のインタビューで羽生は、全日本選手権がはじまる2週間ほど前に調子が上がってくるまで、「軸が作れなくて、回転も足りなくて、本当に死ににいくようなジャンプをずっとしていた」と語った。怪我の後、ストレスからくる食道炎によって熱が出て1カ月練習できなかったことも告白していたが、本大会までに調子を合わせていくには肉体的のみならず、精神的にも並外れた強さが必要だったろう。全日本選手権での6度の優勝をはじめ、王者であり続けるということは、凡人の我々には到底想像しえない玉座であり重圧である。だが、五輪3連覇という偉業中の偉業も、「彼なら達成してくれるに違いない」と思わせてくれるのが、羽生の凄いところだ。

北京五輪は2022年2月4日から始まる。軍神も武神も味方につけた羽生結弦選手の快進撃を全ての神に祈り、次なる“闘いの時”の到来を心待ちにしたい。

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著者プロフィール

Naomi Ogawa Ross●クリエイティブ・ディレクター、ライター
『CREA Traveller』『週刊文春』のファッション&ライフスタイル・ディレクター、『文學界』の文藝編集者など、長年多岐に亘る雑誌メディア業に従事。宮古島ハイビスカス産業や再生可能エネルギー業界のクリエイティブ・ディレクターとしても活躍中。齢3歳で、松竹で歌舞伎プロデューサーをしていた亡父の導きのもと尾上流家元に日舞を習い始めた時からサルサに嵌る現在まで、心の本業はダンサー。


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