【全仏オープン】失格騒動の渦中、誰もが認める努力家が成し遂げた赤土の頂点 加藤未唯のグランドスラム初制覇

 

【全仏オープン】失格騒動の渦中、誰もが認める努力家が成し遂げた赤土の頂点 加藤未唯のグランドスラム初制覇
優勝を分かち合う加藤未唯と小原龍ニコーチ 本人提供

日本から史上5人目のグランドスラム・チャンピオンが生まれた。

現地8日、全仏オープン・ミックスダブルス決勝。加藤未唯/ティム・プッツ(ドイツ)がビアンカ・アンドレースク(カナダ)/マイケル・ヴィーナス(ニュージーランド)に4-6、6-4、10-6の逆転勝利をおさめ、初のグランドスラムタイトルを獲得した。

◆【実際の映像】ローラン・ギャロスを感動で包んだ加藤未唯、ティム・プッツ組優勝の瞬間

■締め切り5分前の組み換えで実現した全仏ミックスダブルス制覇

パリの青空に両手を突き上げ、それと同時にフーと小さなひと息がこぼれ出た。大喝采を浴び、下げた目線の先にはパートナーのプッツが微笑む。1歩、また1歩、常に全力を尽くした日々の先に、いま彼女は大きな成果を手にした。

世界ランキング24位のプッツと31位の加藤とのペアが結成されたのは、エントリー締め切り5分前だった。「最初は違う人と組む予定でエントリーしていました。でも直前で出場リストに入れないことが分かり、組み換えをすることになりました」そう話すのは、加藤が師事する小原龍ニコーチだ。

32ペアしか出場できないミックスでは、コートに立てるは男女上位の選手はほんの一握り。出場できるか否かのラインに立たされた選手が、急遽ペアの組み換えをすることはよくある。プッツと加藤は、互いに組み替えをすれば出場できることが分かり、締め切り直前に決断。運命に導かれるように、2人のエネルギーがパリの大舞台で試される旅に誘われた。

■最後までやり抜く強さと継続力が魅力

加藤が「グランドスラムのなかで一番好きなのは全仏オープンですね」と話してくれたのは、いつの日だったか。2017年にシングルスで同い年のオンス・ジャバー(チュニジア)を破り、グランドスラム予選初突破を達成したのも、ここパリの赤土の上だった。私にとって加藤という選手は、不屈の精神を持つファイターであり、誰よりも多く練習に励む努力家だ。全力疾走が当たり前の世界で、自分自身をより高みに誘導できる。そんな根っからの強さを持ち、ホームコートでも会場でも、いつも最後までトレーニングを積んでいるのは彼女だった。関係者に聞くと、それは今も変わらないという。

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全仏オープン混合ダブルスを制した加藤未唯(右)、ティム・プッツ (C) ロイター

長年、フィジカルトレーナーとして共に戦ってきた横山正吾トレーナーは、加藤の優れた点をトレーニングでの集中力だと断言する。「全力で!とは簡単に言えますが、なかなか毎日を全力で駆け抜けることは簡単ではありません。でも彼女のやると決めたら最後までやりぬく力は“普通”のレベルが明らかに高いです。口では『アップやりたくない〜』『毎日同じことをするのはイヤ〜』と冗談半分に言いながら、地球上のどこにいても確実に正確にアップをして、トレーニングをする。それが加藤選手です。100%を出し切ることを継続できるのが彼女の魅力。遠征中、僕が自分のトレーニングをしようと朝からホテルのジムに行くと、トレッドミルで黙々と走っているということがありました。言われなくても習慣的に体を動かして、テニスに向き合えるアスリートです」と語った。

鍛え上げたしなやかな身体を使いこなし、156cmの加藤はストップ・ダッシュを繰り返し類まれなタッチセンスを発揮する。彼女が一生懸命に走るほどみなが驚くスーパープレーが生まれ、細かな練習を繰り返したネットプレーが美しくトリッキーだと称賛された。昨年同大会から組み始めたアルディラ・スチアディ(インドネシア)との女子ダブルスでは、第16シードを守り3回戦に進出。ミックスも見事に1回戦を突破し「さぁ、ここからギアをあげていくぞ」というときに、予期せぬ失格に見舞われた。それは今もなお世界中で議論を巻き起こしている。

■女子ダブルス失格からの日々

現地時間4日、女子ダブルス3回戦で相手側コートに送球したボールが、ボールガールの頭部に直撃し試合が中断。送球先が故意ではないことを伝え、一度は「警告」の判定となったが、相手ペアの猛抗議により「危険行為」に判定が変わり失格処分を受けた。現時点では、加藤だけが女子ダブルスでベスト16入りした賞金とポイントは没収されたままだ。

当時について小原コーチは「失格を言い渡された日、未唯はかなり落ち込んでいました。女子ダブルスのパートナーであるディラに励まされ続け、翌日にはミックスのティムとコーチが励ましてくれて戦うことができた。彼らは本当にいい人たちで、今回優勝できたのは素晴らしいパートナーに出会えたから。未唯も最後まで耐えて、よく頑張ったと思います。そして周囲からのあたたかいサポート鳴りやまぬほどの激励メッセージが彼女の力になった」と振り返っている。

現在、プロテニス選手協会(PTPA)は「スポーツに関わるすべての人々、特にボールガールとボールボーイの安全と幸福を確保することが最優先事項であることを約束する。しかしながら、加藤とスチアディを失格にする決定は不当に釣り合わないものであり、不公平であった。この事件は偶発的なもので、まったく攻撃的なものではなかったことは明らかだ。この事件と余波はPTPAの基本原則である『公正な解決の要求』を強調している」とし、すべてのプレイヤーにとって公平で公正な環境を実現するとフランス・テニス連盟とグランドスラム委員会を相手に動き出している。

加藤自身は決勝後の会見で「もう一生涯、失格にならないことを心掛けるしかない」と述べ、最後は「この優勝を女子ダブルスにも活かしたいし、他のグランドスラムのミックスでもこのトロフィーを手にしたいです」と締めくくった。

失格と優勝。この重大な2点が今後の彼女に揺るぎない信念を与えることは間違いないだろう。激しい競争の中に身を置くだけでも削ぎ落されていくような世界で、加藤は「やり抜く力」を証明し、見事大きな夢を叶えた。そして息つく暇もなく既に次の戦いとなる芝シーズンに備え、オランダのロスマレーン・グラスコート選手権に立っている。これも加藤の強み「継続する力」だ。今後も彼女から目が離せない。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。