【バスケ】女子バスケ界の逸材、大物ルーキー中田珠未への期待

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2020年、新型コロナウイルス感染拡大の影響は、スポーツ界に大きな爪痕を残した。

そんな不安が渦巻く年に、今後の女子バスケ界の未来を明るく照らしてくれる大物ルーキー・ENEOSサンフラワーズ中田珠未の加入があった。

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梅沢カディシャ樹奈林咲希、さらには渡嘉敷来夢といった日本代表選手たちの負傷が相次いだ中、第87回皇后杯準決勝、および決勝ではスターティングとして出場し、さらに決勝では15得点8リバウンドと同大会8連覇の偉業に大きく貢献。Wリーグ前人未到の12連覇達成に向け、チームにとって不可欠な存在へと成長したのだった。

■進路を決めたきっかけ

早稲田大学4年生時、日本代表に初選出された中田。そんな彼女が大学卒業後の進路を決めるきっかけとなったのが、日本代表合宿だったと言う。代表練習でWリーグの先輩たちとコミュニケーションを取る中、最も自信をもって自チームの事を話していたのがENEOSの選手たちだった。

「自分たちは勝つために、Wリーグで一番練習している自信がある」この言葉に心が動いた。

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また日本代表の練習後に、1番最後まで残って自主練習をしていたのもENEOSの選手たち。サンフラワーズのメンバーから刺激を貰う事が、とにかく多かったと振り返る。

「何十年もバスケット選手をできるわけではない。このチームにバスケット人生をかけてみたい」と、ENEOSサンフラワーズ加入への強い想いを語ってくれた。

■とにかく明るい! ポジティブさ女子バスケット界NO.1!

加入当初はチームに慣れるまでが大変だった。特にチームのルールに馴染む事が一番苦労した、と中田は話す。

早稲田大学時代は中田中心のチームスタイルで、自由にプレーして、そこに周りが合わせてくれる。一方のENEOSでは、これまでとは一転して周りに合わせる立場となり、中田自身も最初はそのギャップに難しさを感じていたと言う。しかし彼女は「まずは1つ1つできる事からやっていこう」 と、その立場を前向きに捉えた。

リーグが始まったころは、プレーの窮屈さを私自身も観て感じていた。しかし、1試合1試合と経験を積むごとにチームへ溶けこんでいき、徐々に中田特有のカッティングプレーも目立つように。そして12月の皇后杯の時には、得点源としてチームの中心で活躍するまでになったのだ。

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このように、実業団での試合を通してレベルアップするとともに、新たな一面も見えてきた中田。改めて大学と実業団を比較してもらった際には、

「ENEOSの渡嘉敷来夢さんやデンソー高田真希さんといった大きくて動ける選手から得点を取ることが凄く難しくて、大学との違いを大きく感じました。また、もっともっとディフェンス面も頑張らないと、実業団では通用しないと思いました」と振り返る。

まだまだ課題は残しつつも、それでも彼女が次に発する言葉は「守れないと思いながらも、絶対守りたいと思うんですよね」と、ポジティブ全開だった。

チームの選手たちも中田の前向きさに、積極的に笑顔で声をかけ、それに彼女自身も真剣に応える。この半年でENEOSサンフラワーズになくてはならない存在にまで成長した。

■2021年 中田珠未への期待

「今シーズンの目標はチームの2冠と新人王!」

182cmの恵まれた体格や、バスケットセンスをもつ彼女のさらなる成長こそが、今シーズンENEOSサンフラワーズが前人未到の12連覇達成への鍵となる。手足の長さを武器にした、オールラウンドなプレーに心から期待したい。

また、彼女の魅力はこれだけではない。

“ポジティブな性格、そして笑顔が素敵な可愛さだ”

彼女の成長こそが、女子バスケット界の人気アップに繋がると確信する。

現在の日本は「不安」で溢れているように思う。こんな時こそ、スポーツの力が必要だ。皇后杯で中田が見せた胸が熱くなるようなプレーや、弾ける笑顔が元気と勇気をもたらしてくれるのだ、と強く思う。持ち前の明るさで新人王を獲得し、12連覇を達成した姿を想像するだけで心が躍る。

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著者プロフィール

中川聴乃(なかがわあきの)●女子バスケットボール元日本代表

長崎市立仁田小学校の小学4年の時からバスケットボールを始め、純心中学校・純心女子高等学校に進学。中学2年時ではレギュラーでスタート出場し、全国大会でも主力で活躍。中高一貫校で高校に進学後、長崎県選抜 に選出、 U-18代表にも選出された。日本一になりたい思いを抱き、高校1年時の冬に桜花学園高校に転入。 高校3年生時、日本代表に選出。2006年3月、同高校卒業、シャンソン化粧品に入社。 2006年ドーハアジア大会の日本代表に選出される。その後はケガのため出場機会が激減したが、2012-13シーズン に復帰。2013年、デンソーアイリスに移籍。2015年5月に現役引退。2016年2月に退職し、同年4月からジャパン・スポーツ・マーケティングに所属。現在、バスケットボール中継の解説者やリポーター、バスケットボールの競技広報活動を行っている。

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