■現場の努力で完遂された祭典
それでも汗水たらして難局に挑む現場の担当者たちの尽力により、祭典そのものは、ほぼ無事と表現していいレベルで完遂された。組織的対策というよりも、とにかく個々人の我慢と努力によって解決しようと言う、新型コロナ対策と似たような状況だ。
実際に現場のナマの声が集まって来ると、有観客か無観客かも不明のまま、実施の準備だけは淡々と進み、その意思決定は延々と先延ばしが続いたことが判明。また本番がスタートしても、開場にはりつくボランティアにPCR検査が実施されないケースもあり、さらに検査を受けた者には結果さえ聞かされないという対策の不徹底ぶり。
挙げ句、期間中に競技の実施場所の変更、競技時間の変更が相次ぐ。ライブイベントに少しでも携わった経験のある方なら、この規模のイベントの計画変更が「ウルトラC」ほどの至難の技であると、すぐに想像がつくだろう(今の時代「H難度」とでも形容したほうがよいか)。
それは、数々のイベントを遂行してきたベテランからも「これが五輪なのか」と愚痴ができるほどのレベルだった。大きな事故がなかったのだけは幸いだ。
結局、こうした難局を現場の人々の自助努力で乗り切ってしまうのが、日本人たる所以だろう。だが、責任者たちにはこれで「成功した」と思い込んでもらっては困る。このツケはかならず回って来る。
そして、総額3兆円とも言われる、その請求書の行き先が、また市井の人々、我々であるというオチは無しにしてもらいたい。東京五輪期間中、新型コロナ陽性患者は3倍に膨れ上がっている。
トーマス・バッハが東京五輪成功と高らかに歌えども、史上もっとも日本人に嫌われたIOC会長となる点は避けようがない。
■スポーツを次のステージへ
夢描いた東京五輪開催による新しい東京の都市計画も達成されぬまま。新国立競技場当初案撤回、エンブレム撤回、築地市場移転遅延にともなく計画の遅れ……「祭りの後」だからこそ、ここで紛糾した問題点を俎上に並べ、解決を図るチャンスとして活かすべきだ。
日本の金メダルは27個、総メダル数も58個と過去最多。だが、国別のメダル数に一喜一憂する時代はもう終わった。我々スポーツビジネスに従事するメンバーも、祭りの打ち上げに酔いしれることなく、日本の、世界のスポーツを次のステージに押し上げるために、どんな手を打つべきなのか、しっかり推敲したい。東京五輪を虚しい祭りとして片付けてしまうか否かは、我々関係者にかかっている。「がんばれ、ニッポン」「感動をありがとう」は、もはや不要だろう。
国際オリンピック委員会(IOC)は8日に行われた総会で、北京、ロンドンの銀メダリスト・太田雄貴氏をIOC委員とした。これで国際体操連盟の渡辺守成会長と日本オリンピック委員会の山下泰裕会長と合わせ、日本に過去最多の3人のIOC委員を抱えることとなり、国際舞台での発言権も増す。欧州の貴族然としたIOCの改革も促したいものだ。
それにしても、2016年の招致が成功裏に終わっていればと夢想しつつ、生きているうちに平穏の中、もう一度、日本に五輪を呼ぶのは難しいだろうと失意にも暮れる。それでも、この五輪は、世界を、日本を本当に変える契機としたいものだ。
関係各位、本当にお疲れさまでした。
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著者プロフィール
松永裕司●Stats Perform Vice President
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoftと毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist。