■復活の兆しを見せる三菱とマツダは
三菱は2010年に業務を停止した「ラリーアート」の用品ブランドとしての復活を2021年5月に発表している。だが、かつての栄光に依拠しただけのブランドにしてはいけない。どんな分野でもブランドとはバックグラウンドがあってこそ市場に認められるものだからだ。最新の実戦からでも5年以上のブランクのある三菱には困難もあろうが、たとえ小さくともモータースポーツの実戦復帰を伴ってのブランドの再確立を望みたい。
また取り上げる自動車メーカーの中で、三菱だけが過去の人気車種の「パーツ復刻」を行っていない。ランサーエボリューションシリーズは現役車両も少なくはないのでトヨタや日産同様にスポーツブランドで、つまりラリーアート名義でのパーツ復刻にはビジネスチャンスもあろう。

1981年からの三菱自動車のモータースポーツプログラムの呼称となったRALLIART
マツダはどうだろうか。マツダディーラーのモータースポーツ相談コーナーをルーツに、ディーラーチーム的な活動を経てマツダ(当時 東洋工業)も資本参加して設立された「マツダスピード」は比較的早く確立されたワークスチューナーだ。三菱やスバルの陰に隠れがちだが80年代早くにWRCにも取組み、1991年にはル・マン24時間レースで初めての優勝を日本にもたらしている。
しかしマツダスピードの消滅も1999年(マツダ本体への統合。)とかなり早い。米・フォード主導での再建途上という状況もあっただろう。その後は市販車へのブランド呼称付与が一時期行われた程度だ。
だが近年もアメリカでの著名チームとのジョイントなどモータースポーツへの関与は継続している。ビンテージスポーツカー向けには「クラシックマツダ」の呼称でパーツの復刻を行っているが、選択された車種やユーザープロフィールも視野に入れると、クラシックと称するよりもマツダスピードへの転換が好ましくも思えるのは私だけだろうか。
マツダも国内のモータースポーツマーケット(ストリートチューンも含めた広義の)で再び存在感を示してほしい。その素地は失われてはいない。
■メーカー各社に期待することとは
WRCは2022年から統一ユニットを搭載したハイブリッド化が成され(将来的に各社独自のHVユニット搭載の方向)、アウディはプラグイン・ハイブリッドでダカール・ラリーに参入する。世界的な自動車の電動シフトはモータースポーツにも確実に波及している。
モータースポーツを費用のかかるだけの余技とはせず、次世代に向けた研究開発のひとつとしての取り組みを日本の自動車メーカー各社に期待せずにはいられない。また商品(自動車)そのものの存在感を高めるためにもメーカー各社はエンドユーザーに「クルマの楽しみ方」を積極的に提示し、コミュニケーションのツールとして自社スポーツブランドを積極活用してもらいたい。
日本におけるモータースポーツの復興はファンづくりに再び取り組む、そこからだ。
◆【モータースポーツ】三菱自動車の魂 RALLIART がラリーに還る日
◆【パリダカ回想録】最終回 三菱パジェロ3連覇ならず、そしてエースドライバーとの残された約束
著者プロフィール
中田由彦●広告プランナー、コピーライター
1963年茨城県生まれ。1986年三菱自動車に入社。2003年輸入車業界に転じ、それぞれで得たセールスプロモーションの知見を活かし広告・SPプランナー、CM(映像・音声メディア)ディレクター、コピーライターとして現在に至る。








