内田篤人が引退を考えた理由は度重なる怪我…過去には日本代表の引退を口にしたことも

鹿島アントラーズの選手としてJリーグで数多くの最年少記録を樹立した内田篤人選手。海外リーグや日本代表としての試合でも長きにわたって活躍し続けた。

そんな内田選手だが、現在は鹿島アントラーズに復帰。まだまだ活躍してほしいが、引退の噂も聞こえてくる。

度重なる怪我により引退の噂

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引退の噂が流れる原因は、度重なる怪我だ。内田選手は下半身の怪我が多く、それを理由に引退を決意するのではとの心配されることが多い。

過去に引退を考えたと告白

2014年2月に右膝裏の腱を断裂した内田選手。その後もブラジルW杯とシャルケでの試合に出場し続けたが、2015年3月の対ホッフェンハイム戦で膝蓋靭帯を負傷したため、同年6月に手術を決断した。

サッカーで膝蓋靭帯を痛めるのはかなり珍しく、当時は「交通事故クラス」まで状態が悪化したとのこと。

内田選手自身も当時を振り返り、自分の怪我は症例が少なく、治療が実験のようだった。先が見えず、引退がチラついたと語っている。

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治療方法がハッキリしない中、内田選手は古巣である鹿島アントラーズの施設でリハビリし状態を改善。シャルケから移籍したドイツ2部ウニオン・ベルリンで2年ぶりの復帰を果たした。

大怪我を乗り越えて古巣に復帰

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内田選手は2018年にウニオン・ベルリンから鹿島アントラーズへ復帰。2018シーズン開幕戦でおよそ8年ぶりにJリーグのピッチに復帰を果たした。

Jリーグで12試合の出場を果たすだけでなく、ACLでは準決勝1stレグで移籍後初得点をマーク。完全復活を印象付けている。

日本代表引退を口にしたことも

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そんな内田選手だが、日本代表としての引退を口にしたことがある。

2012年の2月、ブラジルW杯のアジア予選に出場した内田選手は、試合後に「ザッケローニ監督(当時)へ代表に呼ばないでほしいと話す」と語った。

当時シャルケでプレーしていた内田選手は、日本代としてのプレーと海外でのプレーを両立することが困難だと判断。自ら身を引くことを決断したと見られる。

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しかし、その後、内田選手は鹿島アントラーズに復帰。

ロシアW杯直前に日本代表の監督がヴァヒド・ハリルホジッチさんから西野朗さんに交代した際は「監督が代わったらしいし」とコメント。自身の代表復帰には触れなかったが、久方ぶりに日本代表についてコメントする場面もあった。

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