初夏のパリ、全仏オープンで日本のエース西岡良仁が自身初のベスト16を決めた。
◆西岡良仁、ベスト8なるか…その戦いを振り返る グランドスラム初のベスト16は日本男子3人目の快挙
■苦しさのなかで発揮される西岡の強さ
球足の遅いクレーコートで何度も行き来するゲームの流れ…そんな中、特に西岡の代名詞と言えるカウンターショットの打ち時は悩ましいと言っていい。クレーの場合、「今だ」と思い放つ逆襲のショットも打ち終わった後に着地する足が土の上をスライドしている間に、相手はボールに追いつき立場が逆転されやすいからだ。
しかし西岡は時に感情的に左腕を振り抜き、時に静かに理詰めで勝利へとただ突き進んだ。これまで、ほぼファイナルセットにもつれ込んだ3試合では14セットをプレー。合計10時間6分の激闘に身を削って来た。
3回戦では、第2シードのダニール・メドベージェフ(ロシア)を撃破した予選上がりのチアゴ・セイボスワイルド(ブラジル)と対戦。セイボスワイルドは過去獲得したプロツアータイトル7回すべて、クレーで輝いた根っからのクレーコーターだ。序盤から確実にオープンコートを作り、強烈なフォアが西岡の横を過ぎ去っていく。
第2セット、ゲームカウント5-5で迎えた30-30では西岡の渾身のフォアがわずかにラインを割ったと判定され、猛抗議の末にポイントペナルティを奪われた。しかもその1ポイントで相手のブレークを献上してしまう大ピンチに進展。
フラストレーションを露わにする西岡の様子を目にし、多くのファンの頭に「勝負の行方は決まった」とという思いがよぎったかもしれない。しかし不思議と私にはここですべてが崩れ去るようには思えなかった。
■苦しい局面こそ西岡の真骨頂
抗議の仕方は選手それぞれにしろ、あの場面で異を唱えない選手もいないだろう。それほど重要な場面であることは確かだった。
客観視すれば西岡がクレーコートで活躍してきた回数は少ない。しかし自分自身が思うよりも第27シードとしての意地や、常に相手を分析し攻略できる知能とテクニック、そして現在のグランドスラム大会2週目へと続くこのシチュエーションを持って、メドベージェフを倒したセイボスワイルドとの対戦をチャンスと踏んでいたに違いない。
勝利への嗅覚が、予選を含め5試合を積んだ相手の体力面を見逃すこともなかった。それこそ常にどこか感情的に動く西岡の姿には、すべてがヒートしているように見えるが、彼はいつだって最終目的地へ辿り着く方法を見失っていない。
そんな冷静さと経験が「プロ根性」として備わっている確信が、勝負の手綱を再び引き寄せる。
どんな時も全体を見渡せるゲームプランや機転が効く点は、錦織圭を彷彿させる。そして1ポイントの積み重ねが、最終的に相手の攻め筋をなくさせる術を彼は熟知している。
すぐにブレークバックに成功した先、タイブレークでは3-6と再び追い込まれた。だが、こんなギリギリの勝負こそミスが少ない西岡の強さを発揮する真骨頂。見事10-8の大逆転を収め、セット数をイーブンに戻した。
今回、私の周りからは「ファイナルセットに入れば安心してみていられる」という声をよく聞く。それも全盛期の錦織のよう。当時の錦織はフェデラーやナダル、ジョコビッチを上回るファイナルセット勝率を持っていた。それほど勝負局面の押し引き絶妙だった姿が、今の西岡と重なるのだ。
■ベスト8入りへの期待
170cmの小さな巨人は、速く、創造的に地面を強く蹴り上げパワフルさを増す。終わってみれば3-6、7-6 (10-8)、2-6、6-4、6-0のフルセットで、大会初のベスト16進出。最後はコートに倒れ、喜び、そしてフラストレーションを力に変えた極上の瞬間を味わった。
今年の全豪オープンで初めて経験した四大大会ベスト16入りに続いての快挙。今が西岡にとってキャリアの頂点なのだろうか。しかし目指すのはさらに上。4回戦ではベスト8をかけ、世界ランク49位のトーマス・マルティン・エチェベリー(アルゼンチン)と対戦する。
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著者プロフィール
久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。