「ボールの質さえ上げれば、世界に太刀打ちできる」、そう信じてきた西岡良仁が韓国オープンで4年ぶり2度目のツアー優勝を果たした。日本男子ではATPツアー通算12勝を持つ錦織圭に続き、史上2人目となる複数Vの快挙を成し遂げた。
◆【実際の動画】小さな巨人・西岡良仁がツアー2勝目を挙げた瞬間
■今季はじめ、西岡が掲げた3つの目標
試合後、祝杯を目の前に、西岡は兄でありコーチの西岡靖雄さんに1本の電話を入れた。「今から飲むわぁ」と疲れの中にも充実感がにじむ声。激動といえる上半期を共に過ごした兄に、深謝を込め言葉を交わした。今は、若き選手たちを世界へ押し上げるためチュニジア遠征に帯同している靖雄さんも「苦しんだ時期を越えての優勝報告。一息ついて、ご飯を食べる前に、それをしてくれたんだなと思うと、なんだか嬉しかったですね」と目尻を下げた。
今季はじめ、西岡は3つの目標を掲げていた。
「2度目のツアー優勝」「キャリアハイを更新」「グランドスラム2週目でプレー」このうち1つでもクリアできるまでは、お酒は飲まない。それが年始に兄と結んだ約束だった。
決勝当日の朝、靖雄さんは「今日は勝つだろうな」と予見、「楽しんでこいよ~」と電話で送り出したという。今季は8月に米ワシントンDCで行われた「シティ・オープン」でトップ30を3人倒し、準優勝。そして韓国オープンの準々決勝では世界ランキング2位のキャスパー・ルード(ノルウェー)を破った。そのプレーの内容から、ここまで取り組んできたことが実を結んでいることを確信する。
「シティ・オープンでもそうでしたけど、結局いま勝っている試合は、以前よりも自分から相当打ちにいっているんですよ。もちろんネットプレーなど自分から展開する策は増やしましたが、無理に攻めるのではなく相手が嫌がるテニスという“おおもと”は変えていない。それよりも、年間を通してボールの質を上げることに割いた時間がようやく結果に繋がってきたと思います」。
目標達成のために試行錯誤した今季の上半期。その過程は言うまでもなく「しんどかった」と靖雄さんは振り返る。
「コロナ禍以降、テニスの質が変わりました。トレーニング方法やギアの進化もあり、パワー化が進んだ現代でどう生き残るか。昨年から勝てなくなっていた良仁にも変化が必要だった。自身から攻撃するオプションを増やしたのは確かです。ギアを変え、トレーニングを変えることにも挑戦しました」。
欧米人に比べ体格差が出やすいアジア人にとって、パワーに対抗する術は常に探し求める勝利への鍵。170センチの西岡は、これまでに非凡なタッチセンスと頭脳戦を用い、幾度もこの壁を打ち破ってきた。だが、今以上の結果を出すにはどうしたらいいか。アスリートの性(サガ)とも言える「向上心」は、時に不安とプレッシャーに変わり、全豪オープン直後には「このまま勝てなかったら、僕はあと2年だと思う」と悲痛な叫びが声となった。
この時、靖雄さんは「もう一度、負けないテニスをやってみよう」と声をかけながら、常に西岡良仁はコート上でどうあるべきなのかと説いてきたともいう。
「ずっと良仁は錦織くんの背中を追いかけてきました。彼はスペシャルだ、と尊敬してきた。でも僕からすると、まだ結果やランキングでは追い越せてないけれど、良仁も十分スペシャルだよって。良仁ほど頭の中(で描いたテニス)をコートで実現できる技術力を持っている選手は少ない。だからこそみなが注目してくれている。試合態度がひどい時は、とことん話し合い喧嘩もしましたね。兄である自分しかストレートに言えないこともあったし、彼の中で何か変わってくれればそれで良かった」。
◆小さな巨人・西岡良仁がつかんだ「負けないテニス」からの復調
全豪オープン後にはランキングを100位以下まで落とし、チャレンジャー大会から再スタート。上がり続けなければ今の位置をキープすることさえできないツアー生活で、新たな挑戦が結果に結びつく保証はなかった。だが、その苦しさのなかでも見つけた確かなことは「ボールの質さえ上がれば、今のやり方でも太刀打ちできる」というもの。「攻めなければ勝てない」と言われるトップレベルで、西岡兄弟はその言葉の意味をかみ砕き、本来の負けないテニスをアップデートさせることに決めた。