設楽悠太が両親へ恩返しする方法は、たった一つ

「2時間6分11秒」

2月25日に行われた東京マラソンは、設楽悠太(ホンダ)が叩き出した16年ぶりの日本記録更新に沸いた。レースから4日後となる3月1日、改めて設楽は口を開いた。

「日本記録というのはあまり考えずに走っていた。更新するとは僕も思っていなかったし、周りの人も思っていなかったと思う。だから、周りの期待以上の走りができて本当に満足している」

「好きなお菓子とか炭酸飲料とかお酒とか、いっぱい買ってゆっくり食べました」

レース後は、「好きなお菓子とか炭酸飲料とかお酒とか、いっぱい買ってゆっくり食べた」という。お菓子好きで知られる設楽らしい。また、レース中に痛めたふくらはぎは、「ただの炎症で、休めば治る」とのこと。3月は休養にあてるそうだ。

「変な動きをし(て痛めた)たわけではなく、普通に痛めた。はじめての経験だった。僕も不安は少しあったが、痛みのことばかり考えていたら体も動いてくれないと思ったので、異常に気づいた後も無心で、(先頭集団に)ついていけばいいとだけ思っていた」

目標タイムについても、大会前に設定はしていたものの「僕は(タイムを)決めて走りたくない」というのが本音。「自然と走ることで結果がついてくると思っている」と明かす。

当日レースがうまくいった要因に、ペースメーカーとして走っていた村山紘太(旭化成)の存在を挙げた。村山から「僕を信じてついてきてくれ」とレース中に告げられたという設楽。「信じてついて行ったし、本当にありがたい存在だった。後半の走りにもいい影響があったと思います」と語った。

ライバル、大迫傑の存在

大会後、業界では設楽のライバルとしても位置付けられる大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)は自身のツイッターで「正直なところ、先に日本記録を出されてしまったという気持ちが強いけれど、自分の1つの大きなモチベーションになってくれる存在が同期にいる事を有難く思う。次は頑張らないと!!!」と設楽の記録に刺激を受けたことを発言している。

設楽は、この発言を受けて「大迫選手とはよく喋るわけではないけれど、僕も大迫選手の福岡マラソンの走りが一番刺激になりました。同期としても、これから先のマラソンでも結果を残して業界を盛り上げていきたい」と反応。互いに刺激を与えあっていることがわかる。大迫は昨年12月の福岡国際マラソンで自己ベストの2 時間7 分19 秒という記録で、日本人トップの3 位でゴールした。

設楽の練習方法も、「日本陸上界の異端児」と呼ばれることもある大迫のように、日本陸上界の常識とは異なる。

通常のランナーは試合前に40kmを何本も走り距離を踏むのが一般的だが、設楽は「試合の3日前くらいには25~30kmを走ります。35kmとか、それ以上の距離を走る気は今後もない」と独自の調整方法を行なっている。

この方法を始めたのは昨年9月。

「大学の時は言われたことをやればいいと思っていたが、今は言われたことだけをやっても意味がないと思っている。走れなきゃ、クビになる。自分の体調を一番わかっているのは自分なので。コーチがメニューを考えて渡してくれますが、それを自分なりにどんどん変えて練習に取り組んでいます」

この淡々とした語り口調、発言内容も、どこか大迫を彷彿とさせた。

シューズにはこだわりがある。レースには『ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%』を履いて臨む。「この靴を履くことによって、レース翌日の疲労、ダメージが昔と比べて少なくなりましたね」と話す。

設楽は、距離走のときは「ナイキ ズ―ム フライ」、スピード練習のときは「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%」、ジョグのときは「ナイキ フリー」と、練習内容によってシューズを履き分けている。

昨年から「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%」を着用し、2017年9月16日にハーフマラソンの日本記録を出し、直後の9月24日のベルリンマラソンでは自己ベストを更新し6位に入るなど、結果を出し続けた。

「練習でもきちんと自分を追い込めているので、シューズに対する信頼度はすごく高いです。距離走も回数が増やせているし、スピード練習も速いタイムでできていて、前よりも質の高い練習ができています。練習をしっかりできていることが結果と自信につながっているんだと思います。」

「日本記録を出せたのも、親の応援が力になったから」

インタビュー中、設楽が何度も口にしたのは両親への感謝の念だ。設楽が陸上を始めたのは、親の薦めがきっかけだった。双子の兄とともに、地元の陸上教室に通った。

「昔から、僕が出る試合は応援に駆けつけてくれた。自分の欲しいものや、出かける時間を犠牲にして応援に来てくれている。じゃあ、僕は(両親に)何ができるのか。結果を残すことしかない。日本記録を出せたのも、親の応援が力になったから」

30km地点。ディクソン・チュンバ(ケニア)ら外国人選手が急にペースを上げ、遅れをとった。この「ちょうど遅れ始めたタイミング」で設楽を鼓舞させたのは、32km地点での沿道からの両親の応援だった。その後、38km地点で井上をとらえ、5位に上がった。

「家族の声援は大きかった。どこにいるんだろうと探していたけれど、声ですぐわかった」

給水ポイントで家族が作ってくれた給水ボトルに書かれた「ラストファイト!」というメッセージにも勇気をもらった。

「給水ボトルも僕のために作ってくれた。家族の思いを背負って一緒にゴールしたいと、給水ボトルのメッセージを右腕につけた。それをつけて、日本記録でゴールできたというのはよかった」

設楽悠太プロフィール

小学校6年生の頃、地元の教室で兄(設楽啓太=現日立物流)と共に陸上競技を始める。本格的に長距離を始めたのは中学に入ってから。中学時代に全国大会出場。武蔵越生高校(埼玉県)では史上初めての全国高校駅伝出場を果たす。

東洋大学入学後、4年間で箱根駅伝で2回の優勝を経験。2016年リオデジャネイロ・オリンピック10000mでは日本代表に選出された。2018年の日本マラソンで、2時間6分11秒という16年ぶりの日本記録を叩き出した。

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