【テニス】最年長初優勝者・秋田史帆 「いつかは…」と信じ続けた全日本テニス選手権の栄冠

全日本テニス選手権の最年長初優勝者となった秋田史帆 (C)Yoshiharu Yokoyama

■全日本タイトル獲得へつながったコーチの言葉

「世界トップで活躍する菜緒と大きな差を感じるのかもしれない」。

小さな不安と対戦できる興奮を持ち合わせ、秋田史帆全日本テニス選手権決勝の舞台である有明コロシアムのセンターコートに足を踏み入れた。このとき、約2時間後には日比野菜緒を破り、30歳9カ月の最年長初優勝者として歴史に記録を残すことになると、本人はどれほど想像していただろうか。

「今は応援してきてくれた人たちの喜んでくれる顔を見れたことが一番うれしい」。

優勝から数日経った今もまだ勝利の実感は生まれてこない。周りから受ける祝福の声から歓喜の時を思い返すという。それでも、すでに秋田は休むことなく練習を再開させ、次のステップに励み続けている。

現在、WTA世界ランキング401位(※11月9日時点)としてITFツアーを中心に戦う秋田は今年の6月、いつまで続くか分からない自粛期間に嫌気がさしていた。そんなとき、コーチに伝えられた言葉がこの全日本タイトル獲得へとつながっている。

「世界ランキング50位のレベルで戦えるように練習内容を組んでいる」。

知らず知らずの間にコーチが考えてくれていることに、再び彼女のモチベーションは呼び起こされた。

■プロ活動13年目で訪れた変化

秋田は2019年9月から練習拠点を神奈川の荏原SSCに移し、他選手と一緒にグループ練習を中心にトレーニングを行っている。プロになってからマンツーマンでトレーニングを積むことが基本になっていた彼女にとって、他選手と同じ内容の練習を積むことに最初は様子を見て合わせたところもあったという。

「グループ練習って良い意味でわがままが通らないんです。他の人へのアドバイスも耳に入るし、若いころは尖っていたのもあって、ライバルたちといい関係を作るにも躊躇するところがありました。今は若い子とかを見ていると私も『あんな時があったなぁ』くらいで勝負師としての生活を達観しだしているところがあり、グループ練習のなかでも自分のことに集中できています。個別にコーチとしっかりコミュニケーションも取れているし、今の環境に信頼がありますね」。

プロ当初はコーチとマンツーマンの活動から自身のペースですべてが進めやすかった。だが自身の結果がコーチの家族の生活にまでに影響することに焦りや苦しさが生まれ、テニスを見失いそうになることもあった。これは個人スポーツのプロ競技者として誰もが味わう現実かもしれない。

彼女はこの経験を通過点として乗り越え、プロ生活を歩み続けてきた。プロ活動13年、生き残るための日々を骨の折れる「仕事」のように感じてきたこともあるだろう。だが手を伸ばし続けた先に訪れた変化は、自身の心をより強く柔軟なものに磨き上げた。

■自粛期間での取り組みで広がったプレーの幅

今ではグループ練習がちょうどいい距離感として捉えられている。後輩選手に対しても良き刺激になれるようプレーで示したいとまで考えるようになったと教えてくれた。その中で、秋田はこの先どうすれば今までのベストプレーを越えられるのかを探り続ける。

「24、25歳の時、ビッグサーブにビッグフォアでミスもあるけどエースで上回るテニスが私の完成形だと思っていたんですけど、今ここにきてプレーの幅の広げ方に成功したかなと思っています。みんな、私のフォアの展開を嫌がってバックを打たせて崩したい狙いがあると思います。その部分を自粛期間でフットワークを最初から見直して、威力を伝えるために体重移動も細かくチェックしました。まるでテニスを始めた頃に習うようなことを何度もやったんですよ」。

新型コロナ禍の自粛期間を前向きに活用した結果だ。

「ミスを減らすといってもただ減らすだけでなく、パワーも落とさないし、コントロールの質も上げながらベースを作る。それがクリアされたことにより、安定したプレーの中で武器であるサーブとフォアをさらに活かせるようになりましたね」。

■異例の出場者リストとなった前哨戦でも優勝

筆者自身、現役時代に秋田との対戦は何度もあり彼女の才能を対戦相手として十分に感じてきた。唸るような重いフォアハンドで左右に振り回され、少しのコントロールミスが致命傷となり、悠々と大きくフォアハンドで待ち構えさらにアタックされる。国内でトップレベルにボールの回転数も多く、ただのクロスショットも半歩、いや一歩は余分にコートの外に出されやすくなり、オープンコートが生まれてしまう。この展開を印象付けられることにより、少しずつ少しずつプレッシャーを感じさせられるが彼女の戦法の主軸である。

今年、国内のITF大会が中止されたことにより、全日本の前哨戦となった高崎オープンでは、いつもは国際大会に重きを置く選手たちが多く出場した。国内JOP大会である賞金総額20万円の下部大会にしては異例の出場者リストとなった。

秋田は第2シードとして出場し準決勝では2015年の全日本覇者である桑田寛子に勝利、決勝では前年の全日本覇者の本玉真唯にストレートで勝利を収め大会優勝を果たした。

■競技力と共に追い求める“人間力”

全日本テニス選手権の最年長初優勝者となった秋田史帆 (C)Yoshiharu Yokoyama

本人の中では「強い選手たちにも勝てたし、本玉さんには去年の全日本のリベンジも叶ったけど、思ったよりテニスの出来は良くなかった。相手のミスに助けられたところもある」と振り返る。だが今回の全日本の勝ち上がりを見ていても、秋田のベースが上がったことにより相手の戦法の効果が薄まり、「手詰まり」を引き起こせたのではないかと私は考察している。

前哨戦で優勝しても全日本に対して「絶対優勝!」という余計な気持ちはなかったという。「毎日を積み重ねていく中で、このままいけばいつかは獲れるだろうって。そう思えるようになってからはプレッシャーを感じなくなりましたね。遠回りしたけど……欲しかったものは一つ手に入ったのかな」。

プロ13年目の今、思い描いていた未来とは少し時差があるのかもしれない。それでも月日をかけて競技力と共に人間力を磨けるこの生活を誇りに感じているという。

「今は世界ランキングが1000位にいたとしても、人間的に素晴らしかったらすべて勝ちだと思っているんです。結果を出すことも大事ですが、そんな視野を持ちながらまだまだこの世界で叶えられていないことを達成していきたいと思っています。私、欲しいものは手に入れる主義なんです」。

世界71位の日比野を倒した今、そうにっこりと笑いながら、これからの未来に心を弾ませているに違いない。

著者プロフィール
<文:久見香奈恵(ひさみかなえ)>
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。

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