小田凱人が世界一位を証明した。
先月の全仏オープンに続き、ウインブルドン決勝戦でアルフィー・ヒューエットを6-4、6-2で破り優勝トロフィーを掲げた。ウインブルドンで最年少記録17歳69日を樹立した瞬間だ。
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■最年少記録17歳69日を樹立
決勝の相手は全豪、全仏と同じくライバルのアルフィー・ヒューエットだ。勝てば1位防衛。負ければ2位転落。そしてイギリスのスターが唯一、獲得していないメジャータイトルはウインブルドンだけ。聖地での快挙に向け、会場の多くの観客がヒューエットへ声援を送った。
そんな完全アウェーの状況を一番楽しんでいたのは小田自身だろう。注目を浴びた車いすテニスの男子決勝戦はセンターコートに継ぐ1番コートで繰り広げられた。アウェーであっても、多くの観客が車いすテニスに熱気を帯びている。そのシチュエーションがたまらなく17歳のハートを惹きつけているように見えた。
■小田が見せる自身の長所を貫き通す強さ
昨年のウインブルドンでは1回戦で敗退。
初めての芝の上で、思う様にプレーできなかった。この頃の小田は、ランキングも10位を切りトップメンバーたちと戦いはじめたばかり。まだヒューエットにも勝ち星を挙げたことがなく、3連敗を屈していた。
昨秋のNEC車いすマスターズ決勝で初勝利を挙げたが、今年初めの全豪ではメジャー初タイトルを目の前に惨敗。当時の小田は「やっぱりヒューエットのボールは重くて鋭い。フォア、バック共にスライスを使えるし、高低差を生むのがうまい」とライバルの力量を肌身で感じとっていた。
その好敵手に対し全仏オープンでは、コートの広さを最大限に活かしたプレーでメジャー初タイトルを獲得。念願の車いすテニス史上最年少記録を打ち立てた。速攻性の高さが光るゲームプランに、走り抜けながら狙えるパッシング能力の高さは相手に脅威を与える。相手を攻略するタイプというよりは、自分のテニスを突き通せるほどの球威を持っていることが小田凱人の大きな魅力だ。
その長所は小田自身が一番良く理解している。全豪で敗退した後も、世界王者のヒューエットに対し、自身の長所やスタイルを削ってまで対策することはない。「自分のテニスを100、プラス対策が20の気持ちでやっていく」とも話していた。
ウインブルドン決勝では、驚くほどのテニスを披露した。確実に全仏よりもパワーアップしている。それも小田にとっては、芝の大会は昨年に続き人生で2回目。車いす操作の負荷が上がるサーフェスでも、他のサーフェスと変わらないようにコートを走り抜けていくのが印象的だった。
極端に試合をする機会が少ない芝に対して多くの選手は苦戦するが、小田の適応能力の高さは同日、世界1位を守り抜いた20歳のアルカラスと似たものがあるだろう。アルカラスも芝でのプレーは過去2回のウインブルドン、そして前哨戦となったシンチ・チャンピオンシップスを合わせ、今大会が4大会目という稀にない経験数での優勝だった。
また小田の技術面で驚かされたのは、ボールの跳ねない芝で上手くボールを持ち上げ、得意とするスピンボールを駆使していたところだ。今の小田は、予測通りにボールの後ろに入りさえすれば、あのヒューエットのクリーンショットを越える剛球を打つ。国枝からも「一級品のボール」と評されたストロークは、スピン量が高く唸るようにコートへ突き刺さった。
■昨年の覇者、国枝慎吾に続いたウインブルドン優勝
最後はワイドへ切れるサービスが、ライバルのラケットをはじいた。静かに栄光を噛みしめるように両手を突き上げ、車いすテニスで史上最年少のウインブルドン・チャンピオンが生まれたのだ。ウインブルドン日本男子チャンピオンは、昨年の国枝慎吾に継ぐ二人目の快挙。男子ではジュニア部門を除き、メジャータイトル6勝を誇るボリス・ベッカー(ドイツ)の17歳228日の最年少記録を破っての快挙だった。
メジャータイトル2勝を挙げた小田の視線は、すぐに全米オープンへ向いていることだろう。メジャータイトル最年少記録の旅は始まったばかり。そして来年のパリ・パラリンピックに向け、小田の更なる飛躍に期待したい。
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著者プロフィール
久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。