2018年9月、ロシアW杯を終え、2022年カタールW杯に向けて新しいサッカー日本代表が始動した。
日本代表には森保一(もりやすはじめ)監督が就任。ロシアW杯直前に就任した西野朗監督のもとでコーチを務め、2020年東京五輪監督も務めた実績を武器に、9月11日のコスタリカ戦に臨んだ。
サンフレッチェ広島の監督時代に指導した青山敏弘選手をキャプテンに指名し、同じく広島の佐々木翔選手を初選出するなど、メンバー選考に関しても森保監督の色が出た。
森保ジャパンの初陣は、東京五輪世代の堂安律選手やロシアW杯直前でメンバー入りを逃した中島翔哉選手らの若い力が活躍し、3−0で快勝。
魅了されたサポーターも多く、期待の膨らむ初陣となった。
今日の森保ジャパン????????素晴らしい船出でした????これからに期待できそう????
— スーティー (@sooty0511) 2018年9月11日
森保ジャパンのコスタリカ戦を録画で観た。パスが面白いようにまわり、スピードディで思い切りの良いプレーの続出に興奮した。これまでのジャパンとは違う超攻撃的。観ていて何時でも点をとれそうな期待でワクワクする感覚は初めて。
やはり中島の存在が一番大きい。南野、道安といった若手も拍手喝采— tamuchan@やっぱりビボロス (@Tamuchan8vn75a) 2018年9月11日
歴代の日本代表監督
1998年の初出場を果たしたフランスW杯以降、世界大会の経験がある外国人監督が日本代表監督に就任することが多くなっていたが、今回は日本人である森保監督が就任。
歴代の日本代表監督 | 期間(年) |
---|---|
ハンス・オフト | 1992-1994 |
パウロ・ロベルト・ファルカン | 1994 |
加茂周 | 1994-1997 |
岡田武史 | 1997-1998 |
フィリップ・トルシエ | 1998-2002 |
ジーコ | 2002-2006 |
イビチャ・オシム | 2006-2007 |
岡田武史 | 2007-2010 |
アルベルト・ザッケローニ | 2010-2014 |
ハビエル・アギーレ | 2014-2015 |
ヴァヒド・ハリルホジッチ | 2015-2018 |
西野朗 | 2018 |
森保一 | 2018- |
この表を見ても、フランスW杯以降は、基本的には任期は4年間として成績不振や特別な事情がある場合のみ解任という形を取っている。
1998年のフランスW杯で全敗を喫した際は、岡田監督が退任した。
後任として就任したトルシエ監督は森保監督同様に五輪監督を兼任。その立場を活かして若手メンバーを積極的に抜擢し、自国開催となった2002年W杯で日本代表を初のベスト16へ導いた。
2002年には、ブラジルの英雄として現役時代にJリーガーとしても活躍したジーコ監督が就任。中田英寿選手や中村俊輔選手など黄金世代を率いてアジアカップ制覇した。
しかし、2006年のW杯では1分2敗で敗退を喫し、国際舞台での経験不足が表れた結果となった。
徐々にパスサッカーのスタイルが浸透
2006年には、ユーゴスラビア代表を率いた経験を持ちJリーグの監督としても結果を残していたオシム監督が就任。日本人のテクニックや敏捷性といった特長を活かしたサッカーを標榜した。
しかし、任期途中に脳梗塞で倒れてしまい、急遽岡田監督へバトンタッチ。
2度目の監督就任となった岡田監督はオシム監督のスタイルを引き継いだスタイルで臨んだが、2010年の南アフリカW杯直前で守備的サッカーへ方針転換。当時まだ若手であった本田圭佑選手をスタメンに抜擢し、国外開催のW杯で初のベスト16へ導いた。
決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦でもPK戦まで持ち込み、ベスト8に手が届くかというところまでチームを引き上げた。
2010年には退任した岡田監督の後任としてイタリアの名門クラブを率いていた経験を持つアルベルト・ザッケローニ監督が就任。
ボールポゼッションを重視したパスサッカーでアジアカップを制覇し、コンフェデレーションズカップではイタリア代表と死闘を繰り広げるなど結果は上々だった。
しかし、2014年のブラジルW杯では1分2敗でグループリーグ敗退となった。
波乱の4年間
ブラジルW杯以降の4年間では3人の監督が就任。
2014年にはメキシコ代表で結果を残していたアギーレ監督を招聘するも、過去の八百長疑惑で早々と解任が決まった。
後任のハリルホジッチ監督は日本人に足りない“デュエル”の考え方を浸透させるが、選手との関係悪化を理由にW杯直前に解任され、西野朗監督が後を引き継ぐことに。
結果はご存知の通り、ロシアW杯でベスト16に輝き、決勝トーナメントでも3位となったベルギー代表相手に善戦。
日本人監督でも世界と戦えることを示し、当初の契約通り、ロシアW杯を最後に退任した。
兼任監督という重圧
振り返ってみると、1998年以降日本人監督は数人誕生した。しかし、4年間率いた監督は存在していない。
それを踏まえると、カタールW杯を見据えて4年間のチーム作りを任された日本人として森保監督にかかる期待は大きい。しかもそれが、五輪監督との兼任となれば重圧は相当のものであろう。
とはいえ、森保監督はサンフレッチェ広島時代にJリーグを3度制覇するなど日実績は十分。
世界的にも、外国人監督が率いてW杯優勝を果たした国は存在したことはない。自国の監督でW杯に臨むことは、日本サッカーが1つ上のステップに上がるためにも必要なことかもしれない。
東京五輪・カタールW杯と日本サッカーが世界に旋風を巻き起こせるか、森保監督手腕に注目が集まる。