■真剣勝負の世界でも常に楽しみを見出す
1年近く投げることを諦めざるを得ないジレンマと、長年投手としてマウンドに立ち続けてきた性ゆえか、「ピッチャーをやってこその野球だ」という思いは、少なからず彼女の胸をざわつかせた。
それでも、全国から高みを目指して尚美に集った仲間の支えや、「打者としても結果を残せたほうが、野球は楽しい」という純粋な思いにより、以降の笹川さんは一塁を守りながら打者としてバッティングに専念する道を選んだ。ただ、楽しむために競技者としての熱量を失ったわけではなく、大学4年時には大学選手権制覇に貢献するなど、しっかりと結果も残している。
「大学時代は休みも週に1日、長期休暇になると休みなく練習漬けでした。朝から夜までみっちりだったので、内容的には確かにきつい思い出のほうが多いのですが、今でもチームメイトとはよくご飯に行ったり、仲良くしています。良い仲間がいたというのと、頑張った分の結果が出る点も(大学野球を)楽しめた一因です」。
横浜隼人への入学以降、笹川さんは女子学生野球の本流に身を置き、仲間と支え合いながら厳しい練習に耐えてきた。その中でも大事にしていたことは何だったのか。
笹川さんは「『ここでやらなかったら後悔する』そういった思いをなくすように取り組んできました。(厳しい練習でも)なんか楽しかったんですよね」と当時を振り返りながら実直に語った。
勝負の世界に身を置きながら常に楽しみを見出すということは、なかなか容易ではないはずだ。学生時代から一貫してこの姿勢を貫いてきた笹川さんだからこそ、主戦場をYouTubeに移しても「野球女子」として魅力的な発信を可能にしている。
次回はそのYouTubeでの活動や、笹川さんが抱く女子野球界への考えに迫る。
【インタビュー後編】最速120キロの美女左腕・笹川萌が語る「野球と私」 女子野球の現在地と“大舞台”への思い
取材/文・SPREAD編集部

























