■儲からないはずのスポーツ経営へ
早川さんには元首相の秘書を務め、衆議院議員総選挙に打って出た経歴もある。その志は、現在の日本の問題に起因する。東京など強い地域だけに力点が置かれ、大都市だけに権力が集中する。地方再生という旗は掲げられるものの、現実には旗振りに終始。そんな中、「弱っている地域を助け、その地域に光を当てる」、そんな指針をこれまでの人生でも標榜して来た。これには個人的に経済問題を抱え、秋田から千葉へ、そして東京へ進学した早川さん自身の原体験が大きな影響を与えているだろう点、想像に難くない。
「卓球なら場所を選ばず、地方発信でも、日本を活性化することができると気づきました。これを広げて行くことで、解決したい社会問題にアプローチできる……と。Jリーグ、もしくはBリーグでクラブとして世界トップになるのは難しい。(秋田出身の早川さんにとって特に)あの田臥勇太でさえ(NBA選手としては)わずか数試合で終わった。しかし、卓球ではすぐそばに世界があった。日本人に適していて、どんな環境下でもチャンスが与えられる。これは無茶苦茶チャンスがあると気づきました。もう結婚を決めた時よりもビビっと来ました」と早川さんは大きく笑った。

3年目でTリーグ初優勝を遂げた琉球アスティーダ 提供:琉球アスティーダ
さらに早川さんは卓球を冷静に分析した。卓球人口は中国で9000万人以上と言われている。それが日本ではわずか800万人程度、それでも世界トップレベルを維持。しかも他のスノボやスケボー、バドミントンなどのポテンシャル同様、多額の費用をかけずに挑戦することができる。卓球にはJリーグやBリーグにはないチャンスがある……そう考え、儲からないはずのスポーツ経営に乗り出す決断を下した。
■日本初のプロチームとして上場
実は、Bリーグの島田慎二チェアマンとも、彼が千葉ジェッツの経営者であった頃からの仲良し。日経新聞での対談がきっかけだったそうだが、その当日、双方ともに白シャツに赤いネクタイと丸かぶり。お互い「真似しないでくださいよ」と意気投合したという。その際、島田さんから「Bリーグの異端児は僕ですが、Tリーグの異端児は早川さんですよね」と投げかけられ「一緒にしないでください」と笑い合ったそうだ。
「以前のスポーツ界は経営感覚のないトップばかりでした。それが今では島田さんのように経営感覚がある方々が増えてきた。ですから、私自身スポーツチームの経営に乗り出したのも、自然な流れだったかもしれないですね」と振り返る。
こうして早川さんは2018年、琉球アスティーダをプロチームとして、あらためてスタートさせるに至った。そしてアスティーダは、日本スポーツ界に革命を引き起こした。初年度、最下位スタートだったアスティーダは3年目にはTリーグ初優勝を果たす。
さらに2021年3月、日本で初めてプロチームとして上場を果たした。
「上場したのは、儲からないからです。スポーツは感性を動かされるもの。エモーショナルな価値を広げていく種には本来、お金が集まるはずなんです。インパクト投資です。そのためにはガバナンスを効かせ、ディスクロージャー(情報開示)する必要があります。社会にインパクトを与える企業にはお金が集まる。感情が動かされるスポーツにはお金が集まってくる」と早川さんは力説する。
プロ経営者として資金を集めるためには、むしろ上場が当然という発想だ。これにより資本金100万円からスタートした同社は2020年12月期に年商約4億円。上場により時価総額10億円へと成長を果たした。
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著者プロフィール
松永裕司●Stats Perform Vice President
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoftと毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist。










