【プロ野球】世界新記録・5打席連続本塁打のヤクルト村上宗隆が打ち立てる次なるホームラン記録とは…

各紙の一面を飾るヤクルト村上宗隆の記録達成記事

鳥肌が立った。

東京ヤクルト・スワローズ村上宗隆の39号だ。

燕党としては7月31日の阪神戦、村神様3打席連続ホームランで連敗脱出。それだけですでに神様じみた大活躍だった。

◆【実際の映像】ヤクルト・村上宗隆、プロ野球史上初5打席連発の大偉業!驚異のパワーで左中間へ

何しろ新型コロナウイルス感染のクラスター発生により、試合中止もはさみ7月8日から6連敗。残り試合を勝率5割で優勝が見えて来たかに思えたが、すっかり暗雲が立ち込めて来たわがヤクルトだった。同19日にやっと神宮球場で連敗を止め、20日には村上宗隆の32号3ランで巨人にカード勝ち越し。

だが、チームとしては続く広島戦でも負け越し、オールスター明けの阪神戦もいきなり連敗と負け越しが決まった後の試合だけに、31日は村上の3打席連続弾で3タテを免れたばかりだった。

もう燕党としては、それだけで満足。2日からの中日戦も「まぁ、ぼちぼちやってくれれば」という気分で眺めていた。それが初回2アウトから山田哲人の一発。燕党としては「おお、よしよし、哲人も調子が戻って来た」とすこし気分が楽になった後だった。村上に打順が回って来た時には、哲人のソロで満足し、「4打席連続」さえ頭になかった。

だが、中日先発・柳裕也とは今季初対戦ながら、試合前までに通算成績は47打数19安打の打率2割9分8厘で6本塁打を放っていた。2―1からの4球目のカーブを叩くと神宮球場の右翼席上段に着弾する完璧な当たりだった。「今日、夢でホームランを打つのを見たので、もしかしたら打てるんじゃないかと思って」と試合後のヒーロー・インタビューで語ったように、まさに予知夢だった。

さらに3回裏にはフルカウントからの6球目を左へ。技ありの一発で、第一線のプロ・リーグでは世界で誰も成し遂げたことのない5打席連続ホームランを放って見せた。次打席もフルスイングで一発を狙ったかに見えたが、これも丁寧に左へ打ち分けツーベースとし、前人未到の6打席連続は惜しくもならず。ツーベースで球場がため息に包まれるという神様ぶりだった。

■6打席連続本塁打ほか次なる記録は…

だが、試合後6打席連続への挑戦について聞かれると「(その気持ちは)あります」と即答。この男ならやりかねない……そんな気分にさせられた。

日本のプロ野球、MLBを含め、これまで4打席連続弾を放った選手はそれほど少なくはない。AP通信によると初めて達成したのはルー・ゲーリック(ニューヨーク・ヤンキース)で1932年6月3日のひと試合で決めている。以降、ミッキー・マントル(ヤンキース)、四国アイランド・リーグにも在籍したマニー・ラミレス(クリーブランド・インディアンズ)、バリー・ボンズ(サンフランシスコ・ジャイアンツ)、大谷翔平の元同僚アルバート・プホルス(セントルイス・カージナルス)、最後の4割打者テッド・ウイリアムズ(ボストン・レッドソックス)にいたっては、1957年の9月17日から20、21、22日と4試合にわたって達成するという離れ業だ(カッコ内当時在籍球団)。

2015年までに35人が達成。現在までに38人が記録している(たまさぶろ調べ)。

なお、日本で初めて4打席連続弾を放ったのは青田昇(大洋)で1956年5月6日から次の試合にかけて。以降、王貞治(巨人)、長池徳二(阪急)、ランディ・バース(阪神)などこれまで12人。「4打数」連続は、田淵幸一(阪神)、古田敦也、バレンティン、山田哲人(すべてヤクルト)など8人が加わる。2000年代に入ってからの4打席以上連続本塁打は村上が初めてだ。

さらにMLBでの連続試合本塁打記録は8。1993年のケン・グリフィ Jr.(シアトル・マリナーズ)、87年のドン・マッティングリー(ニューヨーク・ヤンキース)、1956年のデール・ロング(ピッツバーグ・パイレーツ)の3人。日本では1972年の王、86年のバースによる7試合連発が最多だ。

さて、5打席連続本塁打の世界記録を樹立した村神様が、これらの記録にどこまで迫るか、また新記録樹立となるのか。見ものだ。

ちなみに上記記録間違いの際は、内緒でお知らせくださいませ。

◆【実際の映像】ヤクルト・村上宗隆、プロ野球史上初5打席連発の大偉業!驚異のパワーで左中間へ

◆ヤクルト村上宗隆は世界新記録か 5打席連続本塁打のレジェンド越え 

◆5打席連続本塁打・世界記録保持ヤクルト4番・村上宗隆を止めるのは、巨人先発・堀田賢慎か

著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨーク大学などで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。


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