チーム三菱ラリーアートが帰って来た。
もちろん、これまでも日本ラリー界の名門と言えるラリーアート復活のニュースは、見聞きしてきたものの、こうして実車を目の前にすると、それは感慨深い。
◆【ラリーアート】AXCRで復活の三菱・増岡浩総監督が語る地球との戦い「それがラリーだ」 前編
■富士ヶ嶺オフロードにてAXCRの試験車に試乗
復活を遂げたラリーアートは11月21日、タイを皮切りに開催されるアジアクロスカントリーラリー(AXCR)に参戦する。三菱自動車としては2012年を最後にレース活動を休止、またチームをサポートする形でもおよそ7年ぶりとなる復活劇だけに、ファンからの期待が高まるのは無理からぬ状況。そんな耳目を集める中、山梨県・富士ヶ嶺オフロードにて、出場試験車のメディア向け試乗会が行われた。
三菱自動車がラリーアートの復活を宣言したのは今年5月のこと。AXCRは本来、8月に開催される予定だったが、新型コロナの余波を受け11月に延期された。それにしても、この短期間でラリーに参戦するようなマシンの開発が間に合うのか、素人ながら疑問に思うところ。
この疑問に対し、三菱自動車工業株式会社第二車両技術開発本部先行技術開発部先行開発Aの古市哲也マネジャーは、少し苦笑いしながら「そうですね、間に合う…というよりも間に合わせるんでしょうか」とその労苦の片鱗を覗かせてくれた。私自身、サーキットランの経験しかない。それを知らせると古市さんは「サーキットのように周回を積み重ね、セッティングを詰めていくようなレースとは、クルマ作りが異なります。ラリーの場合は、現地での対応力が非常に重要です。そうした意味ではいくらクルマを作り込んで現地に持ち込んでも、状況は常に異なります。しかし、そこで適応できなければ勝てません」と、ラリーの難しさを解説してくれた。
古市さんは続けて「まずはこれまでもレースに参加している東南アジアで参戦をスタート。そして、その東南アジアでもっとも売れている(日本未発売の)トライトンで実績を作ります。まだ他の市場をターゲットにはしていません。今回のアジアでまず結果を出し、引き続きアジアでの存在感を確固たるものにしていきます」と開発者ならではの堅実な見通しを示した。
■オフロード試乗の楽しさを、つい満喫
この日の天気はあいにくと言って良い土砂降り。
まさにAXCRの舞台を思わせるような、泥沼のサーフィスとなる中、メディアは試乗を行った。私が運転したのは、アウトランダーPHEVとデリカD:5。まずは三菱さんのドライバーに同乗し、コースを視察。正直、サーキットランに慣れた者からすると「いやいや、こんな場所、クルマが滑り落ちる」というようなコースを、まるで自動運転のように実にスムーズに走破する。個人的には父が三菱チャレンジャーを所持していたため、こうした車種の運転には慣れているつもりだったが、この20年間のクルマに進化はあまりにも著しい。「クルマ」とは名ばかり、まったく別種のマシンへと変貌していた。
それが認識できたのは、自身でアウトランダーのステアリングを握った際だ。土砂降りでぬかり切ったコースだけに、スタートこそアクセルを優しく踏み始めたものの、タイヤが4輪のうち、2輪程度しか接地しないコブ山走行もまったく危なげない。普通乗用車なら到底進入が不可能なドロの谷もものともしない。バンク斜面もアクセルひとつで見事に駆け上り、コーナーをなめらかにクリア。その後のすり鉢コースも、林間部の崖も難なく走破。その安定感には驚愕を禁じえなかった。通常の運転ならば、ドライバーが心がけなければならない注意点など皆無という感触だ。
続いて市販車デリカで同じコースを周回。正直、ほぼ箱型と大柄のデリカで同じコースに乗り出すには少し勇気が必要だったが、これもまったく問題ない。調子に乗り、少々アクセルを踏み込み過ぎたかと、冷や汗をかいたものだが、これもすべてクルマがカバー。オフロードを走破するのは、こんなに楽しい体験なのかと感心した。
2004年、日本で初めて世界ラリー選手権(WRC)大会「ラリー・ジャパン」が開催された際、スポンサー枠での出場を画策したことがあった。このコースを周回し、12年ぶりに日本に戻って来る同大会に「出場できるな」という過信が一瞬、頭をよぎった。
■トライロンは、無敵か……
しかし本番はその後。
AXCRに出走する『トライトン』のテスト車両への同乗体験だ。今度はさすがに自身で運転できるわけもなく、三菱の名車開発を手がけてきた実験部の小出一登さんのドライブで山岳コースへ。AXCRに投入される実車は現地タイで熟成を重ねているが、日本国内で同時進行でセッティング確認などのため、試験車がありこれに同乗した形だ。
スタートから35度あろうかというような山の斜面をストレスなくパワフルにばりばりと登ると、澤かと思うような凹凸しかない山岳地帯を縦横無尽に走りまくる。車重はおよそ1トンにおよぶというが、ノーマル・エンジンでありながらその重さを感じさせることなく加速する。この試乗を動画で撮影しようと目論んだが、再生すると空、もしくは車内の足元しか写っていない。みなさん、申し訳ありません。下りはその自重により俊敏性が劣るのではないかと邪推したが、単なる杞憂だ。「目の前に岩を擦るんでは…」という、その瞬間に発揮する抜群の旋回性、ラリーを走るマシンとはこういうものか。
山岳路から一気に下り、最後にややドリフトしつつゴール前を周回したと思ったら、最後は斜面を駆け上り大ジャンプ。正直、クルマに乗ったまま、あれほど空を飛んだのは人生初だろう。この大ジャンプのシーン、記事のトップに表示されていると思われるが、フレームに入り切らず、これもご容赦のほどを。着地の瞬間を捕らえたので、素人としてOKとしてもらいたい。
しかし、これほど振り回してドライブしこの安定感。このペースで本番は1700キロを走破するというのだから、もはや人間業とは思えない。
今回の試乗会でオフロードの醍醐味の片鱗を垣間見、そして三菱車の安定性とプロの卓越したドライビング・テクニックを痛感した体験だった。
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たまさぶろ
エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー
『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨーク大学などで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。
MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。
推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。