モドリッチが後悔しているという、トッテナム退団時のトラブルとは?

レアル・マドリードのルカ・モドリッチ選手は、2012年までトッテナムでプレーしていた。

しかし、トッテナムからレアル・マドリードに移籍する際、ある”トラブル“を起こしてしまう。

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トッテナム移籍までの経歴

モドリッチ選手は、出身の旧ユーゴスラビアで地元クラブの下部組織に入団。その後、ディナモ・ザグレブに移籍。在籍中は何度かレンタル移籍を繰り返している。

ディナモ復帰後は2006年からのリーグ3連覇に貢献。チーム内で確固たる地位を築いた。

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2008年、モドリッチ選手はトッテナム・ホットスパーFC(スパーズ)へ同クラブの当時史上最高移籍金額となる37億6,000万円で完全移籍を果たした。2012年まで同クラブの中心選手として活躍している。

2018年2月、モドリッチ選手はインタビューで当時を振り返り「トッテナムでカップを掲げられれないのが心残り。移籍は申し訳ないが、夢のための決断だと理解してほしい」と、トッテナムファンに向けてメッセージを残している。

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レアル・マドリードへの移籍でトラブル

そんなモドリッチ選手、トッテナムからレアル・マドリードに移籍するにあたりあるトラブルを起こしていた。それは「チームの規律を乱す行為」である。

2012年シーズン、つまり、モドリッチ選手がトッテナムからレアル・マドリードに移籍する年の夏に事件は起きた。

レアル・マドリードが獲得に向けて興味を示すと、モドリッチ選手も強い意志を表示した。モドリッチ選手は「偉大なチームでプレーして、トロフィーを勝ち取ること」を自身の夢としていたという。

2012年のトッテナムはアメリカ遠征を計画していたが、モドリッチ選手はこれを辞退した。前日に行われたチーム練習も参加していなかったが、2日後に復帰している。

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なぜ練習を欠席したり、遠征を辞退したりしたのか。その答えは「レアル・マドリードに移籍するため」であると言われている。

この時点でトッテナムとレアル・マドリードの移籍交渉はスタート済。トッテナムの示した移籍金約50億円に、レアルが難色を示していたという。そのため、モドリッチ選手はクラブに対し、「練習拒否」という形でプレッシャーを与えていたと言われている。

当然、クラブは練習を拒否したモドリッチ選手に対し、罰金を科すことになってしまった。結局、トッテナムの残留要請もむなしく、意思が堅いモドリッチは最終的にレアル・マドリードに移籍。これが、モドリッチ選手が起こしてしまった去り際のトラブルである。そしてモドリッチはこの“トラブル”を今でも後悔しているという。

2018年には新天地へ移籍の噂も

2018年2月下旬「モドリッチ選手が“新たな挑戦”を求めアーセナルへ移籍するのでは?」という見出しの記事が出た。

上昇志向の高いモドリッチ選手は、レアル・マドリードであらゆるタイトル獲得に貢献し、新たなチャレンジをするためにアーセナルに移籍するのでは? という内容の記事である。

記事はトッテナムも獲得に興味を示したと報じていたが、結局、レアルマドリードでプレーする道を決めたようだ。

しかし、そもそもモドリッチ選手はアーセナルの元監督ベンゲル氏に移籍を断られた過去があると述べている。アーセナルからオファーがあったというのは、少々不思議な話だ。

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