【スポーツビジネスを読む】日本ラグビーフットボール協会谷口真由美・元理事 “起” 聖地・花園ラグビー場で育った娘

 

【スポーツビジネスを読む】日本ラグビーフットボール協会谷口真由美・元理事 “起” 聖地・花園ラグビー場で育った娘
父・龍平さんの教え子に囲まれた谷口さん 本人提供

■「“普通の女の子”になれる!」

試合前は選手にとって集中を必要とする大事な時間。合宿所内も立ち入り制限がかかり、トイレにも行けない。その際は、ラグビー場の観客用トイレまで行かなければならなかった。そのせいで「膀胱炎で入院したこともあります」とのこと。世の父親に進言。娘をラグビー場で育ててはいけません。

聖地・花園ラグビー場ができたのは1929年、昭和4年のこと。日本初、東洋初ラグビー専用グラウンドの誕生である。その前年、秩父宮殿下が橿原神宮ご参拝の際、近隣に空き地が多い点に気づき、「ラグビー場でも」とのお言葉を発したのが、その遠因とされる。1991年、老朽化した聖地の大規模改修が行われるに至り、合宿所も引っ越しと相成った。当時、龍平さんは近鉄のコーチを辞し、近鉄社員として働く傍ら、柏原高校(現・東大阪大柏原高校)のコーチをしていた。

「もう普通の家族として暮らそうということで、キャンディーズみたいにようやく“普通の女の子”になれる! そう思ったら新しい寮の寮母さんが見つからないという。次が見つかるまで、母が寮母を務め続けることになったんです」。

近鉄の合宿所が引っ越し「一志寮」となった先は、東花園駅の車庫エリア。当時、谷口さんはすでに女子高生となっていた。寮から駅ホームまでは関係者通路を使えば2分でたどりついたが、さすがにセーラー服姿で誰からも見える関係者通路を歩くのは、気まずく、遠回りして10分かけて駅まで通ったという。

「さすがに、年頃の娘が集団生活するところではないんちゃうかと、昔の感覚でいえば両親が『ここから嫁には出されへん』ということで、高校3年生の時にようやく『普通の家』に引っ越しました。一応、進学校に通っていたので『お前、よくあんな環境でいい高校入れたな』と言われたんですけど、同級生とかに説明しても、意味がわからん! みたいな生活をしてました。まぁ、他を知らないんで、あんな生活もできたんでしょうけども、今だったら絶対にいやですわ!」とティーン時代を笑い飛ばす。

合宿所メンバーによる生駒山登りのトレーニングにて集合写真 右端のイエローのワンピースが谷口さん 本人提供

こうして幼少期から高校時代まではすっかりラグビー関係者として育つが、「それが窮屈で、もうラグビーは見たくない」という感覚を持っていた。谷口さん自身は幼少期から水泳に親しみ、大会に出場するなど本格派。ミニトライアスロンにも出場し、水難救助の免許も所持、そのアルバイトをしていた経験もあり、大学院時代はフィットネスクラブのコーチも務めた。「体育会系のはしくれでもあったんです。アメリカかぶれの時代もあって『やっぱアメフトよね』とか言ってチアリーダー部を作ったり…」。

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こうしてラグビーからはさらに距離を置くようになっていく。

「家族として一緒に暮らしていたぐらいなので、ラグビーやラグビー選手については理解があります。選手の家族やパートナーなどが知らない姿、陰で苦しんでいた様子もよく知っています。しんどいのにチームメートには言えない。誇らしさ、男らしさ、その象徴のようなスポーツで、男の弱みを見せられない。ジェンダー規範でいうと男らしさの煮詰まったところ。小学生の時からそんなばっかり見てますから、気分はもう『聖母(マドンナ)たちのララバイ』※みたいでしたよ(笑)。『男ってつらいんだな』っとぼんやり思ったり。本当に男の論理でおなかいっぱいになってました」。

※テレビ『火曜サスペンス劇場』のエンディング・テーマ。岩崎宏美が歌い130万枚のヒットとなった昭和歌謡。

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著者プロフィール

松永裕司●Stats Perform Vice President

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoft毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist

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