■日本でも“ノブレス・オブリージュ”が生まれるのか…
「怒鳴りつけて指導された子どもは、やはり怒鳴るだけしかできない教え方の連鎖になる。このおっさんOS、昭和のICチップをアップデートしてもらわないといけない。そんなハラスメント体質の指導者のみなさんも、もとは被害者ですし、つらい思いをしたでしょうけど、そこから脱却しましょう。『あなたも加害者になってます』と。ハラスメント問題は、頭が痛いから痛み止めを飲むという対症療法では意味がない。根本的になぜ頭痛が起こっているのかを理解し、改善しないといけない。漢方のようなアプローチ、体質改善が必須です。これには時間もかかるでしょうがきちんと学んでもらわないとダメです」。ハラスメントの根絶には、「やめましょう」という単純で場当たり的な対処では意味がないと力説し、この手法でいまは企業のハラスメント対策のコンサルタントなども務めているという。
「この点から改善していかないことには、次々とスポーツバカを生み出すことになります。もう『みなさんに感謝しかないです』とか、恩返しホールディングスの社訓を並べる選手の話を聞くだけの時代は終わりました。しっかり自分で考えて話すことができるアスリートが求められる時代です。感動の押し売りもいりません。病巣が深くて、どっから手をつけていいのか迷います。でも、アスリートの地位が向上すれば、ノブレス・オブリージュも生まれてくると思います」。
ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)は、フランス語。直訳すると「貴族の義務」だろうか。かつての貴族のように高い地位にあり、権力、財力を持つ者は、社会的責任、義務があるというヨーロッパを中心に広がっている考え方。「セレブリティ(celebrity)=セレブ」という言葉が、日本では非常にチープに使われるようになってしまったが、芸能人のように単純に「有名人」という意味ではなく、このノブレス・オブリージュを果たしてこそ、セレブと呼ぶべき存在だ。ハリウッド・スターが慈善事業に熱心であり海外のアスリートが銃撃事件などの後に社会的ステートメントを出すのは、こうした側面から来ている。
「東京五輪も結局、アスリートの地位向上には何も役に立たない汚職問題に終始してます。アスリートファーストはどこいった? アスリートに何も還元されず『このコロナ禍に世界的な運動会をやってる場合か。こんな状況で税金つかって』と怒られ。そんな中、謝りながら大会に出る。そんな時『やると決めた中で、ベストをつくすことに意味がある…』と発言できない方が多かった。アスリートのみなさんも、正直なところしんどかったと思う。その時に言語化し、感謝や感動とかいうありきたりな言葉で逃げない、自分で発信する力を身に付けないといけない。これを考えさせない日本のスポーツの功罪です」。

紆余曲折を経て実施された東京五輪開会式(C)Getty Images
文部科学省の体育局がスポーツ庁へ、日本体育協会が日本スポーツ協会へと変更されたように、日本も少しずつ変化は生まれている。「選手」が「アスリート」という呼称に変わることで、これもまた変化が生じると谷口さんは期待を寄せる。
「昭和の時代、歌手がレコード大賞を受賞すると中学時代の恩師とかが現れて『先生、ありがとう』と泣いて抱き合った。それがアーティストと呼ばれる時代になって、自身で発信し、出演番組を選び、環境保護運動などに参加するような今になった。選手もアスリートと呼ばれるようになり、これからはスポーツバカではなく、その地位も変わっていくと思います」。
日本ラグビーフットボール協会は2022年8月19日、谷口さんを同協会の「けん責」処分としたことを明らかにした。著書『おっさんの掟…』が協会の秘密保持義務に違反し、内部情報漏洩をしたとする処分だが、谷口さんはとうの昔、21年6月には理事などの役職を、今年の3月には名ばかりで残っていたヒラの委員も、すべての職を離れている。これには、私自身も頭の中がクエスチョン・マークでいっぱいになった。
谷口さんは「学校を辞めた生徒に『お前は停学だ』と言っているようなもので、私も何がしたいのかわかりません。情報漏洩ということは、書いてある内容は真実であるとラグビー協会も認めたということでもあります。『おっさんの掟…』は、法学者として職業倫理上、この追い出された顛末を書かずに、口をつむぐのは隠蔽に加担することになると考えただけです。意見を言った人間は『あいつに情報渡すな』と会議から外されていくのは日本のおっさんの掟。マイノリティーを尊重しない日本の掟です。ただ、この著作も『スポーツ団体コンプライアンス担当のバイブル』と言われ、少しだけ気をよくしています。いつまでもラグビー協会を引きずってると思われてるかもしれませんが、それどころじゃありません。ただの暴露したおばはんと思われてるかもしれませんが、ラグビー協会とか小さな話ではなく、スポーツ界全体に関係する『スポーツハラスメントゼロ協会』を、これから地道にやろうと思います」。
谷口さんの言動は、「おっさんの掟」に苦しめられている全国各地の人々にきっと勇気を与えていることだろう。
◆日本ラグビーフットボール協会谷口真由美・元理事 “起” 聖地・花園ラグビー場で育った娘
◆日本ラグビーフットボール協会谷口真由美・元理事 “承” 聖地・花園で育ったプリンセス・オブ・ラグビーが、再びその道をなぞるまで
◆日本ラグビーフットボール協会谷口真由美・元理事 “転” 「株式会社恩返しホールディングスは解散せよ」
著者プロフィール
松永裕司●Stats Perform Vice President
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoftと毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist。










